この件を手土産に交渉をするのはどうだろうか
活動報告にキャラクターデザインや書籍版冒頭をRPGツクールで再現するゲーム企画の開発状況をアップしていますので、よろしければそちらも合わせてご覧ください。
「この件を手土産に交渉をするのはどうだろうか。勝算はあるか? いけるのならここはいくべきか……」
「どうかされたのですか」
「フブキ殿。この件、父上はまだご存じないと思うのだ」
「でしょうね」
もし知っていたら自慢したがるタイプの人だろうし。
「だとしたら、こういうものがあったと父上のお耳に入れればお喜びになるのではないかと思うのだ。いっそのこと私が一体注文をして完成した人形をお見せするでもいい」
「それは……きっと喜ばれると思います」
そして自分でも新規に注文を入れるだろう。
それはきっと性だから逃れられないのだ。
「その際、父上に一つ二つ無理難題を吹っかけても大丈夫ではないだろうか」
無理難題を吹っかけるときましたか。
この美少年、外見に似合わず意外に肝の方も据わっていらっしゃる。
「藤川様はこういった新技術には興味を持たれると思います。ですがいったい何をお願いするおつもりなのですか」
「うむ……妹のホノカを操心館に入れてやりたいのだ」
「ほの香姫をですか。ですが彼女には大切な役割があるのではないかと……」
既に藤川家の長女と次女は他家へ輿入れしている。
こういった世界では婚姻関係を結んで国同士が安全保障を維持したり、家臣を一族に引き入れて更なる忠誠を得たりすることはよくある話だ。
ほの香姫もその手札の一枚なのは間違いない。
「そもそも、ほの香姫のお気持ちはいかがなのでしょう」
「本人から相談されたことがある。お国のためにできることをしたいとな。これは内密にしておいて欲しいのだが――」
顔を寄せるように指示される。
鼻息がかかる距離まで近づくと白糸様はそっと囁いた。
「ホノカは天色の君の連れ合いなのだ」
「……マヂですか」
「まぢ? あ、ああ。本当のことだ」
それが事実なら喜ばしい。
機巧武者が増えるのは関谷の戦力が増強されるということなのだから。
彼女が戦えるかというのは置いておくとして。
「そのことを知った時、私は悔しかった。私は選ばれなかったのに、何故、妹が選ばれるのだと神仏に呪いの言葉をぶつけたくなった」
「それが人形屋へ行こうと思った本当の動機ですか」
口をつぐんだ白糸様が頷く。
「だがここへ来てわかってしまった。私も父上の血を引いている。機巧操士になりたくて来たというのに、純粋に人形に心惹かれてしまうのだ。こうして並ぶ人形を見ていると自分の部屋に飾りたくなってしまうのだ」
あー、それは間違いなく血ですね。不治の病かと思われます。
「もちろん国として機巧操士が増えるのは喜ばしい。戦える者を遊ばせておけるほど関谷に余裕はないからな。しかし、ホノカは戦い方も知らぬ女子だ。ただ戦場に出せば死ぬだろう。だからせめて戦い方を学ばせてやりたい。そのために操心館へ行かせてやりたいのだ」
肉親を思う気持ちが痛いほど伝わってくる。
しかし本人の望みはどうなのだろうか。
「白糸様のお気持ちはわかりました。ですが、ほの香姫のお気持ちを確認する必要があると思います。もしかしたら機巧操士になりたくないと思っているかもしれませんよ」
「それはないと思う。私に天色とのことを話した時のあいつの目は輝いていた。城から出られるかもしれないと喜んでいた。あいつは外へ出たいのだ。小鳥のように城で飼われ、どこかの家へ嫁いでいくのではなく、自分の望む形で生きていきたいのだろう」
お姫様という立場にいる人によくありそうな心情だ。
「ご本人が直接言及したわけではないのですね?」
「いや、あいつははっきりと私に向かって言った。『操心館へ行けばフブキ様のおそばにいられるでしょうか』、とな」
「……はい?」
ほの香姫を嫁にどうだというお話でしたらあの場だけの冗談ですよ。
事実、藤川様だってあっさり引っ込めたじゃないですか。
「さすがに今のは冗談ですよね?」
「ホノカは冗談など言わぬぞ。いつでも真剣だ」
じゃあ、あれですよ。英雄に憧れる乙女回路が混線しているだけです。
外の世界を知らないので、たまたま現れた珍しい人間に興味を持ったのを恋心と勘違いしただけのこと。
あ、わかった。わかりましたよ!
これはあれですね、僕をダシにして行動の自由を勝ち取ろうというパターン。それなら納得できる。
僕は当て馬。実に適切な役回りだ。
「つまり新々式の人形を藤川様にお見せして城下に新しい技術があることを伝え、その功績というか話の流れで、ほの香姫が機巧操士になったと切り出し、彼女に戦場で生き延びる術を学ばせるために操心館へ送り込む説得をしたい、と」
「そうだ」
妹を思う兄の気持ちはよくわかる。できれば手助けしてあげたい。
だけどこれは無理筋の話のように思う。
そもそも藤川様が娘を戦場で戦わせることをどう考えるのか。
あの場では娘であっても機巧操士になってくれれば面目は立つと言っていたけど、それが本心かどうかはわからないし、本当に戦いの場へ送り込むつもりがあるのかというともっとわからない。
さて、どうしたものか。
白糸様は真剣な表情で僕を見ている。
まるで僕が正解に至る道を提示してくれるのを待っているかのようだ。




