気配を察して目が覚める
気配を察して目が覚める。
ぼんやりしていた意識が急速に覚醒していく。
「ん、んん……翠寿?」
奥の襖を開けた翠寿がこちらを覗いていた。
「おはよーございます。キヨマサさまはちゃんとおきられてすごいです!」
上体を起こす。
何か夢を見ていた気がするけど目が覚めたら忘れてしまった。
「昔から目覚めはいい方なんだ」
「ミオさまもキヨマサさまみたいだったらいいのになって思います」
「澪は朝弱いんだ」
「はい。だからコウおねーちゃんが毎日くろーしてます!」
お酒に弱くて朝に弱くて……澪は弱点ばかりお持ちのようだ。
制服に着替え終えた頃を見計らっていたのか葵も奥から姿を見せる。
「おはようございます、主様。今日はいかがいたしますか」
「乗馬の練習でもしてみようかと思ってるんだ」
この世界では武士は馬に乗れて当たり前。機巧操士を名乗っているのに馬に乗れないでは恥ずかしいことこの上ない。
おそらく武士が馬に乗れるのは、現実世界なら普通免許を持っているのと同じレベルではないかと考えられる。
それに移動手段が限られるだろうこの世界において馬に乗れると何かと便利ではないかと考えたのだ。
「澪の領地は馬を育てているそうだし、教えてもらおうかなと」
「ミオさまはおうまさんにのるのがじょーずですよ。だっておうまさんのかんがえてることがわかるから!」
そこは間違いなく澪の強みだ。
〈友愛の声〉って言ってたっけ。僕もそういう技能を身に付けられたらいいんだけど。そっちも教えてもらえば習得できたりしないのだろうか。
「翠寿はお馬さんが考えてることってわかる?」
「うーん、わかるような、わからないような……」
言いながら体が傾いていく。
そしてそのままこてんと転がった。
「やっぱりわからないです!」
「そっかー」
朝から可愛らしい翠寿の姿に和んでいたら、何やら視線を感じた。
「じー……」
入口の扉を細く開けて、澪が室内の様子を伺っている。
「そんなところで何してるのさ。遠慮しないで入ってくればいいじゃないか」
「キヨマサ君がスイジュにいかがわしいことをしないか見張ってないと……」
「朝の爽やかな会話を楽しんでただけだろっ。な、翠寿!」
座ったままの翠寿は僕を見上げてにっこりと微笑んだ。本当に翠寿は可愛いなあ。
「キヨマサ君の顔が邪悪に歪んでる気がする」
「邪悪ってなんだよ。すごく傷つくんだけど」
ついと立ち上がった翠寿が僕を背後にかばうようにして両手を広げる。
「いくらミオさまでもキヨマサさまをいじめたらだめです!」
一瞬、澪が泣きそうな顔をする。
「大丈夫だよ、翠寿。今のはいじめようとしたわけじゃないから」
翠寿の頭に手を置いて諭す。
「そうなんですか?」
「そうだよ。澪とは仲良しだから、ちょっとじゃれ合っただけ。な、澪」
「う、うん。そうそう。キヨマサ君とは仲がいいから……」
微妙に声が上ずっているけど、そこにツッコミを入れるのは野暮というものだ。
「だから大丈夫。それより、そろそろ翠寿もお仕事に行かないといけないんじゃないの」
「あ、そうでした。いってきますね」
「うん、いってらっしゃい」
「ミオさま、いってきます」
「いってらっしゃい」
翠寿が部屋を後にするのを見送る。
「……ふう、びっくりした」
「ごめんね。キヨマサ君とスイジュが仲よさそうだったのがちょっと悔しくて……」
「いいよ、気にしないで。翠寿の本当の主は澪だって本人もわかってるはずだし」
まだ澪の口元が震えているような気がする。
いかんいかん。朝からこんな暗い感じはよろしくない。
せっかく一日が始まるんだから元気にいかないと。
「気分転換に町まで出て屋台で朝ご飯を食べない。僕が誘うんだから澪の分も出させてもらうよ」
「え、悪いよ。それぐらい自分で出すから」
「いいっていいって。葵は何が食べてみたい」
「寿司などはいかがでしょうか」
「お、いいね。じゃあ、お寿司にするか」
※ ※ ※
江戸時代にファーストフードとして定着したという握り寿司はこの世界でも一般的な食べ物だった。
座敷のある高級店も存在するけど、庶民は立ち食いで済ませることが多いそうだ。
「うん、美味いな」
ただし、一つが大きすぎて一口ではとても食べきれない。
おにぎりのようにノリが巻いてあるわけではないので、食べている途中でどうしても崩れてしまう。
「キヨマサ君。もう少し綺麗に食べられないの」
「これを綺麗に食べるのは難しいよ」
「葵の君のお皿を見なさいよ。米粒一つ残ってないわよ」
そうはおっしゃいますが葵の食べ方はとても真似なんてできませんよ。
だって一口でぱくって食べてるんだもん。
普段の上品顔からは想像もつかない豪快な食べっぷりだ。
「ふー、食った食った。朝から食べ過ぎだよ」
腹ごなしに少し歩いてから操心館へ戻ることにする。
昨夜の雨は上がっていたけど、地面はかなりぬかるんでいた。
「本当にごちそうになってもよかったの?」
「いいから気にしないでよ」
だって握り一つ二百圓程度だし。コンビニでおにぎりを買うのと大差ない。
「今日はさ、澪に乗馬を教えてもらいたいと思ってるんだけど」
「構わないわよ。あ、わかった。さっきのお寿司はその報酬の前払いだったりして……あれ? 誰か来てるみたい」
操心館の門の前に馬に乗った人がいた。
遠めに見ても立派な馬だとわかる。どこかのお偉いさんが視察にでも来たのだろうか。
「あれは不動かな」
訪問者に対応していた人がこちらに気づいたのか走ってやってくる。
「兄貴ー! ちょうどいいところに!」
やっぱり不動だった。そんなに慌ててどうしたんだろう。
「あああ兄貴!」
「とりあえず落ち着こう。深呼吸な。吸って、吐いて、吸って、吐く」
「すぅぅ、はぁぁ、すぅぅぅ、はぁぁぁぁ……」
「落ち着いた?」
「ああ、大丈夫。あのさ、シライト様がいらっしゃってて、兄貴に会わせて欲しいって言ってるんだよ」
「白糸様が?」
お城で会った紅顔の美少年を思い出す。
また戦いの話を聞きたいって言っていたし、その件だろうか。
「じゃあ、行こうか」
みんなで一緒に白糸様の待つ門へ向かおうとする。
「あ、いや。姉貴たちはちょっと……」
「そうね。私はここで待ってるから」
「澪?」
どういうことかとまじまじと澪の顔を見る。
「キヨマサ君はフドウと二人で行ってきて」
その目は「ここは譲れないから」と語っている。
「でしたら、吾もここでお待ちしております」
「……悪いね。ちょっと行ってくるよ」
活動報告にキャラクターデザインや書籍版冒頭をRPGツクールで再現するゲーム企画の開発状況をアップしていますので、よろしければそちらも合わせてご覧ください。




