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物は試しだ

「物は試しだ。やってみる。すぅぅぅぅぅぅぅぅ……」


 大きく息を吸い込む。

 胸を張ってまだ吸う。吸う。吸う。


「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 そして勢いよく吐き出された息が湯気を吹き飛ばしていた。

 さあっと視界が晴れていく。


「……すげェ。こりゃ流石ですなァ」


 気のせいではない。

 確実に視界が開けて洗い場にいる人たちの姿があらわになっている。


「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 顔を真っ赤にして息を吐き続ける不動。


「兄さん、あんたすげェですよ。顔まではっきりわかるじゃねェですか」

「はぁ、はぁ、はぁ、ゲホッ、ゲホ……どうだ。やってやったぜ!」


 肩で息をする不動に蓬髪の男性が右手を差し出した。


「よくやってくれやした」

「ああ」


 そしてがっちりと握手。

 奇妙な友情が芽生えた瞬間だった。


「見ろよ、兄貴。あっちでケンカしてるぞ!」


 どうやら手桶を並べて場所の確保していた女性が抗議され、それに逆切れでもしたようだ。

 混み合う時間帯で、みんなが手早く体を洗っているのに場所取りなんてしていれば仕方がない。どの時代でもこういうのってあるよなあ。


 騒ぎを止めようと間に入る人。関わり合いにならないように隅へ避難する人。さっさと体を洗い流して出ていく人。

 無関係な場所からだとじっくり観察できる。


「いやァ、眼福眼福。楽しませてもらいやした。それじゃあ、お先に」

「あ、どうも」


 同席していた男性が立ち去る。

 あれだけ執着していたのに、意外とあっさりしたものだった。

 せっかく不動が湯気を飛ばしてくれたんだから、じっくり見ていけばいいのに。


「そこだ、やっちまえ! いいぞ、もっとだ! ええい、俺も参加するぜ!」

「え?」


 振り返った先に不動はいなかった。


「俺もケンカにまぜてくれ~」


 窓から下を見ると、大口を開けて笑う不動がケンカに参加していた。

 なんて楽しそうなんだ。

 機巧姫を手に入れたいと暗い顔をしていたのはなんだったのかと思いたくもなる。


 でも、元気になってくれたのならいいことなのだろう。

 変に考え込むよりはずっと健康的だと思うし。

 裸になって女性とケンカをしているのはともかくとして。


「おらおらおら~! かかってこいやー!」


 ……楽しそうなのは間違いない。


        ※        ※        ※


「いやー、久しぶりにすっとしたぜ!」


 飛び込み参加した不動は裸の人々を千切っては投げ、千切っては投げと大活躍だった。大きな怪我をした人がいなかったのは幸いだ。

 不動のことだから怪我をしないように手加減をしていたのかもしれないけど。

 でも裸の女性をぶん投げるのはどうかと思うよ、うん。


「しかし女のケンカって怖いな。髪を掴むは爪を立ててひっかくわ。俺にはちょっとできないぜ」


 不動の顔や腕には引っかき傷が残っている。

 名誉の負傷とは口が裂けても言えない。


「出禁にならなかったのが奇跡だよ」


 あれだけ大暴れをしたのだからそれもやむなしかと思っていたら、意外にも寛大な処置が下された。

 先方はケンカを仲裁してくれて助かったという認識だったようだ。

 僕の目には不動は好き勝手に暴れていたようにしか見えなかったんだけどなあ。


「動いたら腹が減ったな。どこかで食っていかないか」


 お風呂に入るまでは鬱々とした表情をしていたけど、不動にはこっちの方が似合う。

 よい気分転換になったのだろう……やったことは裸の女性を放り投げることだったんだけど。


「澪に教えてもらったお店が近くにあるからそこへ行こうか」


        ※        ※        ※


 不動を連れて笠置屋の縄暖簾をくぐった。


「ふーん、いい感じの店だな」


 どこかで聞いたことのあるようなセリフだった。

 席を確保して注文をするとすぐにお酒と料理が出される。


「うーん、こんな味だったかなあ」


 残念なことに、この日の料理とお酒は微妙だった。

 もっと感動するぐらい美味しいお酒のはずなのに。


「これもいけるな」


 不動は次々と料理を平らげ、まるで水でも飲むかのように杯を傾ける。


「あのー、すみません。紀美野さんはお休みなんですか?」


 でっぷりとしたおばさんに聞いてみた。


「そうなのよ~。はー、忙しいいそがしい……」


 おばさんは、ぶりんぶりんと大きなお尻を左右に振りながら行ってしまった。


「十分うまいって。はぐ、はむはむ……」


 皿の上にあった料理は瞬く間に不動の腹の中に消えていった。


 不動はどれも美味しいと言ってくれたけど、なんとも微妙な気持ちで店の外に出る。


「雨が降ってたのか」


 細かく静かな雨なので店内まで音が聞こえてこなかった。

 せっかく買った傘は操心館の部屋に置いてある。


「春雨だし、濡れていこうぜ」

「そうだね」


 僕たちはしっとりと濡れた地面を蹴って駆け出した。

活動報告にキャラクターデザインや書籍版冒頭をRPGツクールで再現するゲーム企画の開発状況をアップしていますので、よろしければそちらも合わせてご覧ください。

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