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ごめんね

「ごめんね。これから館長とお話をしないといけなくて」


 紀美野さんを待っていたけどなかなか戻ってこないので操心館へ戻ってきた。

 よいお酒を確保できたら使いを出すと中伊さんが約束してくれたので頼りにさせてもらおう。


「いいよいいよ。仕事があるのならそっちを優先して。僕も適当にやってるから」


 僕の相手をするだけが澪の仕事ではないので仕方がない。


「うん。じゃあ、またね。コウジュ、行くよ」


 小走りで去る二人を見送る。


「キヨマサさま、あたしもおしごとしてきますね」


 翠寿の仕事は僕の身の回りのことをするだけではない。

 操心館を運営していく上でいくつかの仕事を彼女たちのような小者が任されているのだ。


「ああ。しっかりね」

「はい!」


 翠寿も見送っていると入れ替わりに不動がやってきた。


「お、兄貴か。こんなところでなにやってるんだ?」


 今日も鍛錬をしていたらしく、体から湯気が立ち上っている。


「特に用事はなくてね。どうしようかなって考えてたところ」

「それならちょうどいいや。俺と銭湯に行かないか? ここのお風呂、まだ沸いてなくてさ」

「お、いいね。葵はどうする」

「吾は部屋に戻っていようと思います」


 小さく頭を下げる葵を不動がなんとも複雑な表情で見つめている。


「わかった。じゃあ、二人で行ってくるよ」

「ちょっと待っててくれ。用意してくる」


 一旦部屋へ戻った不動を待って銭湯へ向かうことにする。

 操心館の門を出たところで、不動は頭に七福神の大黒様のような頭巾を被った。


「行こうぜ、兄貴」

「ああ」


 仕事で遅くなる日は同僚と会社の近所にあった銭湯によく行ったものだ。

 体を真っ赤にしながら熱い湯船に入って、仕事の愚痴を言い合い、湯上りにコーヒー牛乳をぐぃっとやるのが最高だった。


「不動は銭湯によく行くの?」


 返事がない。

 どうしたのかと思って見ると深刻そうな顔をしている。


「不動?」

「あ、いや、なんでもない」


 とはいうものの表情は暗い。悩み事でもあるんだろうか。


        ※        ※        ※


 銭湯の暖簾をくぐって履物と荷物を預ける。


「一人百圓だよ」

「手ぬぐいとぬか袋もお願いします」

「じゃあ、二人で四百圓だね」


 二人分のお金を払っておく。


「俺の分――」


 懐に手を入れた不動を止める。


「いいよ。ここは奢り。お風呂を出たら二階へ行こう。そっちの代金は不動が持ってよ」

「……わかった」


 手早く服を脱いで奥へと向かう。

 少し早い時間のせいか先日より人の数はまばらだった。お陰で石榴口の中も空いている。

 頭をぶつけないように石榴口を潜って、まずは並んで湯船に入る。


「ふぅ~。生き返る……」


 相変わらず不動は黙りこくっている。

 でもあえて聞こうとは思わない。話す必要があると思えば自分から切り出してくるだろう。

 湯船を出て体を洗い、また湯船に入る。それを二度繰り返した後だった。


「兄貴……俺、機巧姫が欲しいんだ」


 意を決したように不動が重かった口を開く。


「戦場に出なきゃ男じゃない。俺は男になりたい」


 柘榴口の内側は暗くて隣にいる人の表情もぼんやりとしかわからない。


「あ、今のはそういう意味じゃないからな。それは祭りの時に済ませたし」


 ……なん、だと?

 今、経験済みって言いましたか?

 そっか、そうなんだ。

 こっちの世界ではそういうのが普通なのか。

 そうなんだ……。


「教えてくれ。どうすれば兄貴みたいに機巧姫に認められる男になれるんだ?」


 言葉に詰まる。

 僕のケースは参考にならないからだ。


 空から落ちている時にそうなってましたと言って信じてもらえるだろうか。

 それを不動が真に受け止めて「崖から飛び降りる!」なんて言い出しても困るし。


「もう機巧姫には会ったんですよね?」

「ああ。操心館に来た時に何人かとは顔合わせをした。でも誰も俺を認めてくれなくて……ちょっと待った。なんで敬語なんだ?」


 だって不動は人生の先輩だもの――という己の葛藤をぐっと押し込める。

 いいんだ、そんなのは些細なこと。気にすることじゃない。

 僕だってそういうことがあればいつかきっと……多分。


「いや、ごめん。なんでもない。でもそれって不動だけじゃないんだろ」

「全員が同じ結果だったよ。でも悔しいじゃないか。俺は戦いたいんだ。男として、武士として。この国を守りたいっ」


 不動が水面を叩く。

 ばしゃんと大きな水音がした。


 この世界ではゲームのように主人公だからとどんな機巧姫ともパートナーになれるわけではない。

 だから今は茅葺さんの研究が上手くいくのを祈るしかないだろう。

 あとは機巧姫との出会いの回数を増やすぐらいしか手が浮かばない。

 所謂、ガチャを回し続ければ手に入る理論だ。


「他の機巧姫と会ってないの?」

「そうそう会える機会なんてないし……」


 それもそうか。

 実際、城下町で見かける人形はどれも人形雛だった。

 機巧姫は高価なものだから、よほど裕福な人でなければ手に入れられないものだし仕方がない。


「人形を扱ってるお店になら機巧姫も置いてあるんじゃないの。そこに行けばいいじゃないか」

「もし俺を受け入れてくれる機巧姫が店で売っていたとしても金がない。機巧姫がものすごく高いのは兄貴も知ってるだろ」

「先のことを心配しても仕方ないよ。まず会ってみよう。上手くいってからお金について心配すればいいって」


 いざとなれば藤川様に資金援助を求めるのもありだろう。

 むしろ積極的に出会いの機会を増やせるように掛け合ってみるべきか。

 この件については広幡館長を通じて提案するのがいいな。


「……悪い。愚痴をこぼした」

「気にするなって。そういうのはあまりため込まない方がいいよ。それにこの先、僕が不動に愚痴をこぼすかもしれないしさ」

「俺なんかでよければいくらでも話してくれよ」


 そういうのが友達ってやつだもんな。

活動報告にキャラクターデザインや書籍版冒頭をRPGツクールで再現するゲーム企画の開発状況をアップしていますので、よろしければそちらも合わせてご覧ください。

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