本当に美しい人形ですね
「本当に美しい人形ですね。まるで本物の人間のようです。古式の上物、あるいは神代式でしょうか。もしも神代式なら私も見るのは初めてになりますが」
「他の方も神代式ではないかと言っていましたね」
「そうでしょう。あの自然な仕草は古式を超えています。私が見た中では間違いなく一番の機巧姫です。正直、フブキ様がうらやましいほどですよ」
中伊さんの表情を見る限り、それは決してお世辞だけではなさそうだ。
機巧姫を持っていることが高いステータスになるのは間違いないらしい。
「中伊さんは機巧姫を買い求めたりはされないのですか」
腕組みをした中伊さんは会話の輪に加わる葵を見ながら口を開く。
「こういう仕事ですから、あえて人形とは距離を置くようにしています。下手に思い入れを持ちすぎてしまうと商品に対して純粋な評価を下しにくくなってしまいますから。あの勾玉を使ったのならばもっとこう……などとね」
「なんとなくわかる気がします」
その感覚はゲームを作っていると純粋にゲームを楽しめなくなるのと似ているのかもしれない。
「なにより人形は高価なものです。私の稼ぎではとてもとても。おまけに国の外へは持ち出せませんしね」
純粋な戦力となる機巧姫の国外への持ち出しは固く禁じられている。それを破れば極刑は免れない。
にもかかわらず欲しいと思わせるだけの魅力が機巧姫にはある。
女性陣の輪を離れた紀美野さんがこちらへやってくる。
「出発はいつごろになりますか。それまでにお酒をご用意しておきますから」
「先方から返事の手紙をいただけたらすぐにでもと思っているんですが……だからいつというのは明言できないんです。すみません」
「わかりました。ではよさそうなものをいくつか見繕っておきますね。お父さん、今から酒屋に行って見てきてもいいわよね?」
「ああ、いってらっしゃい」
裾を絡げた紀美野さんはお店の奥へ走っていく。
「花嫁修業の一環として笠置屋で働いていると聞きましたけど、実家のお手伝いもして、本当に気立てのいい人ですね」
「妻を亡くしてからはあれと二人暮らしで奥向きのことはすべて任せていますが、親の目からすればまだまだです」
そんなことを言いながらも中伊さんの目尻は下がりっぱなしだった。
「いずれ店を継ぐ者と夫婦になるのだから外へ出る必要などないと言ってはいるのですが誰に似たのやら。ああ、すみません。あれが戻るまでお茶でも飲んで寛いでください」
「ありがとうございます」
感謝の言葉を述べつつ土縁に腰を下ろさせてもらう。
澪たちは楽しそうに商品を眺めているからもうしばらく放っておこう。
「どうぞ」
土縁に淡い色のお茶が入った湯飲みが置かれる。
「勾玉のことを伺っていいですか?」
「勿論ですとも」
「こちらなんですけど」
懐から布の塊を取り出す。
包まれていた布を取ると中から彩度の低い青色の石が姿を見せた。
「これは……水縹の勾玉ですかな」
「水縹の?」
僕たちの会話が耳に入ったのか、再び澪がやってくる。
「そうだよ。これを修理してもらうために須玉匠の所へ行くんだ」
「なかなかよい形ですな。んん、しかしこれは……」
中伊さんは手にした勾玉を矯めつ眇めつ眺めている。
「かなり凝っていますね。これでは機巧姫も動かないでしょう」
「凝りってなんですか?」
常にない真剣な表情で澪が問う。
自分のパートナーのことだから気持ちはわかった。僕だって葵の関することであれば目を変える自信がある。
「翳や歪みともいうのですが、要するに勾玉によくないモノが溜まっている状態です。機巧姫は勾玉を力の源としていますが、力を使うほどこうして色が濁っていくと言われています」
「それは直るものなのでしょうか」
「ええ。優れた須玉匠は凝った勾玉を綺麗にする方法を知っていると聞いたことがあります」
澪が背筋を伸ばして、土縁に座ってお茶を啜っていた僕を見下ろす。
「キヨマサ君! すぐ! すぐに須玉匠のところに行こう!」
「それは無理だよ。手紙の返事が来てからでないと」
「そんな~。ううっ、早く手紙を送ってきて~」
パタパタと足を踏み鳴らす澪の隣で翠寿が澪の真似をしていた。
翠寿はいちいち可愛いなあ。
活動報告にキャラクターデザインや書籍版冒頭をRPGツクールで再現するゲーム企画の開発状況をアップしていますので、よろしければそちらも合わせてご覧ください。




