リュウセンジってまさか……
「リュウセンジってまさか……」
慌てたように澪がこちらへ来て会話に加わる。
「知ってる人?」
「もしかしたらだけど……」
「八岐が種族の一つ、水蛟の血を引くお方ですよ」
何故だか澪がうんざりしたという顔をしている。
「やっぱり……」
「知ってるんだ」
「ううん。本人のことは知らない。でも水蛟なら知ってるから。なんていうか……面倒くさい人たちなんだよ」
「面倒くさい……なるほど、確かに」
澪の言葉に中伊さんはうんうんと頷いている。
「なんとも気難しい方で、気に入らない相手には容赦なく雷を落とすと聞いています」
カミナリ親父か何かだろうか。それは確かにおっかない。
「言っておくけど雷云々は比喩表現じゃないからね。本物の雷を落とすから」
「……は?」
「水蛟は竜の一族なの。雲を呼び、嵐を起こし、雨を降らせ、雷を落とす。各地に残る竜神伝説って全部が全部作り話じゃないんだよ、水蛟が本当にやったこともあるから」
人狼や鬼がいるのなら竜がいてもおかしくはない。なんなら森の妖精エルフ――ってこの世界だと木霊がそれか。
あとはなんだろう。首をはねる殺人ウサギや虎頭の獣人でも出てくるのかな。
なるほど、ようやく理解した。
個人的にケモノ属性キャラは大好きだけど何事も行き過ぎはよろしくない。当時のスタッフの言っていたことがようやくわかった気がする。
しかし須玉匠について事前に情報収集をしておいてよかった。不意打ちで雷を落とされたらひとたまりもないところだった。
問題はどうしたらご機嫌をとれるかだ。
「どうすれば気に入っていただけるんでしょうか」
中伊さんは顎に手を当ててしばらく考える。
「やはり酒でしょうな」
「水蛟はみんなウワバミだからね」
「それなら澪と話があい――グフッ」
わき腹を肘で小突かれた。
一瞬、息が止まったんですけど……。
「リュウセンジ様とは先々代である祖父の頃からお付き合いをさせていただいておりますが、最初はけんもほろろだったそうです。ですがある時、大量の酒を献上したところ機嫌が一転して、それから取引をさせていただけるようになったと聞いております」
それが事実なら手土産にお酒は最良の選択と言える。
「わかりました。貴重な情報をありがとうございます」
「いえいえ。上等な酒でないと雷が落ちかねませんから娘に用意をさせましょうか。あれは酒が好きで、いい酒をよく知っております。どうせなら石の良し悪しがわかるとよかったのですが……」
「失礼ね。お料理の良し悪しだってわかりますっ」
いーっと紀美野さんは歯を見せる。
結構、子供っぽいところもある人だ。
「それは助かります。笠置屋で飲んだお酒も美味しかったので是非お願いしたいです」
あのお酒は美味かった。
あれなら好みの違いがあっても酒好きなら気に入ってもらえると思う。
「ところで、こちらでは機巧姫に使う勾玉も扱っていると聞いていたのですが、お店には並んでいないのでしょうか」
見た限りでは簪や櫛といった装身具が中心だ。
並べられた品はどれも見事な細工が施されているけど、葵の胸元に埋まっているような勾玉らしきものはどこにも見当たらない。
「勾玉が必要なのは人形師だけですからここには並んでいません。普段は石を使った細工物を扱っております。人形用にと買い求められるお客様もいらっしゃいますよ」
なるほど。つまり葵のために何か買っていかないかってことね。
「わたしはお店の看板替わりなんです。ほら、こんな風に」
紀美野さんはくるりと後ろを向いた。
豊かな髪に美しい細工の入った簪が差さっている。模様は細かな石を使って描いているようだ。
「この簪には勾玉を削る時に出た石の欠片を利用しているんですよ」
「とってもきれーです!」
「……っ」
「いいなぁ、素敵だなぁ。私も欲しいなぁ」
女の子三人は看板娘に夢中だった。
他にも見せてもらおうと簪の置いてある場所に陣取り、あれがいい、これが綺麗だと盛り上がり始める。
「せっかくだから葵も見ておいで。欲しいものがあったら遠慮なく言ってね」
ふわりと頬んだ葵は澪たちの輪に加わる。
その後ろ姿を男二人で見送った。
活動報告にキャラクターデザインや書籍版冒頭をRPGツクールで再現するゲーム企画の開発状況をアップしていますので、よろしければそちらも合わせてご覧ください。




