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しんとしている

20191003改稿。

 しんとしている。

 何もない。

 何も見えないし、気配も感じられない。

 静かで凪いでいる。

 心の揺らぎもなく、体の感覚もない。


 ――無。


 一つの境地。

 究極の一。

 すべてが満たされており、足りぬものは存在しない。

 それが自分であり、世界である。

 世界と自分との間に垣根もない。

 違いはなく同一である。

 暗闇に塗りつぶされている。

 すべてを飲み込み、不変で、不満はなく、平等で、一つである。


 始原(しげん)の色――純黒(じゅんこく)


 目を開けよう。

 そう思った瞬間、それがあるのがわかった。

 そこが目であり、まぶたであるのがわかる。

 力を込める。

 瞳の形に膨らんだまぶたがかすかに震える。

 単一だった世界に異なるものが生まれる。

 この瞬間までは一つしかなかった。それでよかった。

 しかし、今は違う。

 それ以外のものがあった。


 もう一つの始原の色――真白(ましろ)


 満たされていたものが欠けてしまった。

 何か大切なものが失われてしまった。

 もう戻ってこない。

 どれだけ切望しようと、研鑽を積もうと、元に戻ることはない。

 それがわかってしまう。

 小波が立つように黒が震える。

 消えていく。

 徐々に黒が失われていき、白が広がっていく。

 その白から赤紅(あかべに)真青(まあお)が生まれる。

 さらに黄丹(おうに)藤黄(とうおう)萌黄(もえぎ)翡翠(ひすい)青緑(あおみどり)紺青(こんじょう)深紫(こきむらさき)牡丹(ぼたん)といった色が生じる。

 次々に色が生まれていき、黒は見えなくなってしまった。


 色が世界にあふれ出す。


 同時に自らの身体に力がみなぎるのがわかる。

 戦う力が自分の内側にあるのがわかる。

 人にはない圧倒的な力。

 大岩を持ち上げ、大木をへし折る膂力(りょりょく)、川を一跨ぎできる跳躍力。

 敵を打ち滅ぼす力がある。


 カッと目を開いて世界を見る。

 上空から見下ろす大地。

 だが先ほどのように風のせいで顔をそむける必要はなかった。

 恐怖心もない。

 不思議と心は凪いでいた。


 遠くには青々とした海。

 互いの高さを競い合うように連なる山々。

 陽光を照り返して緑に輝く森。

 ところどころにアクセントのように桜色の木々。

 人の手による開発が進んでいない自然の様だった。

 それでも人の営みの気配がある。

 森を切り開いた猫の額ほどの田畑。

 粗末な作りの幾棟の小屋。

 そして――


 赤い炎。

 黒い煙。

 逃げ惑う人々。

 それを追うのは鎧をまとった武者だった。


 頭の形に沿った形状の頭形兜(ずなりかぶと)に頬と顎を保護する目の下頬(めのしたぼお)。六段の(たれ)が喉を保護している。

 緑色を基調とした胸部と腹部を覆う胴鎧は前面の防御のみを意識した前懸胴(まえかけどう)揺糸(ゆらぎのいと)で三間四段の草摺(くさずり)がぶら下がる。

 両肩は木葉型の杏葉(ぎょうよう)で隙間を塞ぎ、両腕は細かな鎖によって編み込まれた籠手が包んでいる。

 下半身は太ももを守る佩楯(はいだて)は付けておらず、足元を保護する脛巾(はばき)のみ。

 背中に指物旗を差す者もおり、そこには向かい合った鳥の文様が染め上げられていた。


 鎧をまとった武者は三体。

 一見すれば槍を持つ軽装の兵士――足軽だ。

 だがその背丈が粗末とはいえ小屋よりもずっと大きければ異様であろう。


 また一人、逃げようとしていた人間が巨大な槍に貫かれる。

 はねられた首は遠くまで飛び、水っぽい音をたてて大地に転がる。

 地面に落ちた桜の花びらが紅色に染まる。


 地獄だった。


 逃げ惑う人々を追い込むように武者たちが動く。

 ひとつ、またひとつ。

 胴体を貫かれ、足をもがれ、首がはねられる。


 寄り添うような小さな人影があった。

 怯えているのか、足がすくんでいるのか。

 立ち上がることもできずに、迫る武者たちを呆然と見上げているだけだった。


 あれは敵だ。

 排除すべき対象。

 討ち果たすべき者。

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