どうぞ、入ってくれ
20191103改稿。
「どうぞ、入ってくれ」
茅葺さんが使っている部屋には天井に大きめの照明器具があって部屋全体がほんのりと明るい。
部屋の壁や床には仕事道具がずらりと並べられている。
鋸やノミの他、サイズ別に並べられた刷毛、糸や金属の塊、異なる大きさの木材。どういう用途で使うかわからない道具もたくさんある。
「今は青藤の君を修理しているから散らかっていて悪いね。そのあたりに座ってくれるかな」
茅葺さんの腰かけた場所の近くにはパーツ毎に分けられた人形があった。それが青藤の君なのだろう。
「直りそうですか?」
「頭部は半分ぐらい砕けているし、右腕は肘から先がない。それに胴体にはいくつも穴が開いていたけど大丈夫。勾玉には傷一つなかったし、必ず直してみせるさ。身を挺して主人の命を守ったいい子だからね」
仮面をつけているのに茅葺さんがほほ笑んだのがわかった。
優しい手つきで青藤の君の頭を撫でている。
「関谷は戦力が足りていませんから早く戻ってきてくれると助かります」
「そこなんだよ。機巧操士っていうのはなりたくてなれるものじゃないのが厄介でね。操心館に集められた全員がこの国にある機巧姫と顔を合わせたんだけど、新たな操士は生まれなかったんだ。まあ、そんな簡単に機巧操士になれるならこういう施設はいらないんだけどさ」
茅葺さんの口がへの字を描く。
「関谷にはそんなにたくさん機巧姫がいるんですか」
「藤川家が代々受け継いでいる天色の君と淡渕家の水縹の君を除くと、主なしは六人いる。まあ、ほとんどが藤川様と井田様のものなんだけどね。機巧姫は高価だから、すべての武士が所有しているわけじゃないんだ」
「高いってどれぐらいなんですか」
「安くても屋敷一軒分はするかな」
この世界の屋敷一軒ってどのぐらいするのか想像もつかない。
現代日本のマンションなら数千万から億ってあたりだろうけど。
「安いものでも五千万圓前後ってところだね。簡単に買えるものじゃないと思えばいいよ」
「さすがに高いですね」
蔵米でもらっている給料を全額突っ込んでも買えない。
そんな高価なものを複数所有する人がいるのも驚きだった。
まあ、趣味人だし、この国を治めている人たちだからお金はあるんだろうけど。
「ちなみにだけど、仮に葵の君を売るのなら国が一つ買えるぐらいお金が積まれるんじゃないかな」
「いや、葵を売るつもりはさらさらありませんけども」
「それはそうだろうね。素晴らしい機巧姫だから個人的にも大事にしてほしい」
もちろんだと思いながら頷いておいた。
「というわけで、機巧操士を増やすのは喫緊の課題でね。いろいろやってはいるんだけど、これがなかなか……」
茅葺さんは大きなため息をつく。
「今のところ見込みがありそうなのは淡渕と水縹の君ぐらいかな」
「そういえば澪の機巧姫も修理中だって聞きました」
「うん、それもあって君と話をしたかったんだ。ところで君は機巧姫のことをどのぐらい知っているのかな」
「……知っているというほど詳しくはないです」
ゲーム用の設定はした。
でもそれは色の和名を持つキャラクターと色ごとに戦い方の特徴があるくらいだ。
この世界の機巧姫についてはほとんど知らないと言ってもいい。
「そうだろうね。じゃあ簡単に説明しておこうか」
「お願いします」
「まずは種類から説明しよう。機巧姫に格がある。基本的に古いものほど価値があり、機巧武者としても強いとされる。神代式、古式、新式というのがそれだ」
これはゲームにおけるキャラクターのレアリティだと思えばよさそうだ。
「神代式がもっとも古く、神々の手によって生み出されたと言われている。葵の君を見るまでは信じてなかったけど今なら断言できるよ。神代式は神が創り出したものだ。あれをゼロから人が生み出すのは無理だと思う」
神様か。それが僕をこの世界へ転生させた存在だろうか。
異世界転生ネタではよく出てくる存在ではあるんだけど。
「神代式は表情や仕草、思考までも人そのもの。あるいは人を超えた存在だったとされる。機巧武者として戦えば国を滅ぼすこともできるなんて言われていた」
「国を滅ぼすって……とんでもないですね」
「国云々はさすがに誇張だろうね。でも人そのものという評価は事実だと思う。葵の君がそれを証明している。一説には神代式の機巧姫は人との間に子をなしたともいうし、よかったら試してみない? なんなら手を貸すけど」
藤川様といい、この世界にはセクハラする人しかいないのか。
「結構です」
「そうか。残念だ」
さして残念そうには思えないけど、あえて蒸し返す必要もない。
活動報告にキャラクターデザインや書籍版冒頭をRPGツクールで再現するゲーム企画の状況をアップしていますので、よろしければそちらも合わせてご覧ください。




