これはおいしいなあ
20191030改稿。
「これはおいしいなあ」
「でしょ? ここのはあんまり水で薄めてないから味がしっかりしているの」
日本酒は原酒だとアルコール度数が二十度近くあるので、それに加水といって水を加えることで十四から十六度ぐらいの飲みやすい状態にする。
現代では酒造メーカーで味を調整して飲みやすい状態で出荷しているけど、江戸時代なんかだと酒の販売店が桶ごと買ってきて適当に混ぜたり水を加えて販売していた。
水で薄めてたくさん売れば儲けが出るので、江戸時代の日本酒は薄かったなんて話もあるぐらいだ。
「はい、こちらがうちでおすすめの塩焼きとゆでタコになります。それから刺身の盛り合わせです」
どんどんどんとお盆にのったつまみが並んでいく。
白身魚の塩焼きはじゅうじゅうと脂を滴らせて鳴いていた。今朝、食堂で見た物体エックスとは大違いだ。
ゆでて真っ赤になったタコは既に塩味がついているそうだ。食べやすいように一口サイズに切り分けられている。
刺身は一つひとつの切り身が大きくて豪快な盛り付けだった。
「じゃあ、いただきます」
早速いただく。
木材が豊富な関谷は割り箸の文化がすでにあるんだと感心しながら箸を伸ばす。
味はどれもいい。朝食とは大違いだった。
さすがに毎食あのレベルだと栄養摂取のためとはいえ食事が苦痛になりかねなかったけど、こんな食事が食べられたら文句はない。
「どれも美味しいね。いいお店に連れてきてくれてありがとう」
「喜んでもらえてよかった。えーと……これは口紅のお礼ってことで」
そんなの気にしなくていいのにと思って澪を見たら、視線を逸らして頬を赤く染めていた。
葵はそんな澪の様子に気が付かないフリをして杯にお酒を注いでいる。
うん、このネタを引っ張るのはやめておこう。
「このお刺身は新鮮だね。身がコリコリしてる」
「船が毎日出ていて、とれたての魚をここまで運んでいるからですよ」
通りかかった店員さんが笑顔で教えてくれた。
「お殿様が何年もかけて明科川を整備してくださったんです。おかげで暮らしやすくなったとお父さんも言っていました」
治水は為政者にとってやらなくてはならない事業だもんな。これに失敗すると領民が命令に従ってくれなくなる。逆に治水工事をしっかりやる領主は領民から慕われるってことだ。
戦国時代に武田信玄が築いた信玄堤や、江戸を水害から守っていた中条堤なんかが有名だな。
「お刺身につけるこの醤油、味が濃くていいなあ。魚の臭みも消してくれているみたい」
ワサビはないけど、この醤油とならいける。
普通の醤油とは違って、真っ黒で少しとろみがある。
「それはたまり醤油です。味噌を作るときにとれるものなんですけど、普通の醤油よりも味が濃いので、お刺身につけたり照り焼きに使うとおいしいんですよ」
「ふーん。知らなかったなあ。若いのに詳しいんですね」
「わたし、お料理が好きで、花嫁修業と称してこのお店で働かせていただいているんです。キミノといいます」
「僕は不吹清正。こちらは澪と葵です。こんなにおいしいものを出してくれるお店なら毎日でも通いますよ」
「ありがとうございます。今後もご贔屓にしてくださいませ」
紀美野さんの視線がチラチラと葵に向けられているのがわかる。機巧姫がこういうお店に来るのは珍しいのだろう。
「もしかしてお客さんは……機巧姫ですか?」
少し腰をかがめ、そっと囁くような声だった。
「はい」
葵の返事を聞いて紀美野さんは目を大きく見開いて驚く。
「機巧姫は何人か見たことがありますけど、こんなにお綺麗な人は初めてです。お父さんも葵の君を見たらきっとびっくりするだろうなあ」
紀美野さんの反応に満更でもないのか、葵も小さく微笑んでいた。
活動報告にキャラクターデザインをアップしていますので、よろしければそちらも合わせてご覧ください。




