ここがおすすめだよ
20191029改稿。
「ここがおすすめだよ」
澪が案内してくれたところは年季の入った笠置屋という居酒屋だった。
居ながらいしてお酒が飲めるから居酒屋というらしい。
お酒を売っている酒屋で持ち帰りをせずにその場で升を使って飲むのは角打ちというそうだ。
縄暖簾の向こうからはいい匂いが漂ってくる。
「へえ、いい雰囲気だね」
「そうでしょ。味も期待してくれていいからね」
見知っている飲み屋とはかなり雰囲気が違っている。
入ってすぐに竈と水場があり、そこが調理場になっていた。
客は履物を脱いで板敷のお座敷にあがるか、澪と葵のようにお座敷の縁に座る。お店の中は衝立で席を仕切ってあるだけだ。
一席を確保すると若い店員さんが注文を取りに来る。年の頃は澪と同じぐらいか。小袖をたすき掛け、綺麗な簪で髪を結い上げていた。
「いらっしゃいませ。今日は何にいたしますか?」
「えーと、とりあえずビ――飲み物は何があるのかな。っていうか、お酒って飲んでも大丈夫なのかな」
中の人は既に成人だけど、外見年齢は十代なのを思い出した。
「別に誰も咎めないと思うけど。無理にはすすめないわよ」
「じゃあ、お酒をひとつ。葵もいいよね?」
「はい」
「杯は三つで。あと、つまみはおすすめのものがあればそれをいくつか見繕ってお願いします」
「かしこまりました」
さて、どんなお酒が出てくるのか楽しみだ。
ゲームでは好感度アップ用のアイテムとしてお酒があったけど、果たしてこの僕の好感度は上昇してくれるかな?
店員さんが離れていくと、何故だか澪が不思議そうな顔をして僕を見ていた。
「僕の顔に何かついてる?」
「ううん。なんていうか、こういうところでの注文慣れをしてるなあって思ったから。っていうか、キヨマサ君ってそもそもいくつなの?」
中の人は二十六歳独身童貞ですが何か?
さすがにこの外見で二十六歳は無理があるよな。半分の十三だと元服する年齢になっちゃうから十四にしておくか。
「十四だけど」
「そうよね、それぐらいよね。でもなんだかさ、時々私よりずっと年上なんじゃないかって思うことがあるのよ。逆にこんなことも知らないのっていうときもあるし」
「……小さな村から出てきたばかりなんだから仕方ないだろ」
「城陽なんだから小さな村でもすごいんじゃないの? 私なんてもっと辺鄙なところで暮らしてた自信あるからね。すっごい山の中で周りには山と木しかないんだから」
そうは言うけど、澪はこの世界で生まれ育ち、その上に領主様だからなあ。僕とは立場が違いすぎる。
地元に帰ればお殿様とでも呼ばれているのだろうか。
「キヨマサ君って難しいことを知ってたり詳しいくせに、その辺にある生活用の道具を手に取ったりするのは初めてみたいなところもあったし……」
「あー、そうかもね」
だって竹で作った小物入れとか触ったことなかったし、草鞋なんて作ったこともなければ履いたこともなかったし、行灯や提灯の存在は知ってるけど火なんてガスとかでしか使ったことなかったんだから仕方ないじゃないか。
この時代にアイロンがあるを知って驚いたよ。火熨斗っていう取っ手の長い小鍋状のものに炭火を入れてアイロンみたいに使うんだってさ。
秤だって学校の授業で使った上皿天秤しか知らない。錘の位置を動かして重さを測定する秤なんて初めて見た。
「ね。だからさ、キヨマサ君っていろいろと謎なのよ」
「神秘的な男って思ってくれてもいいんだけど」
「むしろ怪しい人って方向で疑いたいかも」
いや、それはやめてください。すぐにでもボロが出てしまうと思うので。
「お待たせしました」
板間に置かれたお盆には金属製のちろりにお猪口が三つ。筒状で下がすぼまり上にはつぎ口と取っ手のついたちろりからはゆるく湯気が上っている。
気を利かせた葵がそれぞれのお猪口に注いでくれた。
ふわりとした香りが立ち上っている。
お酒は薄い琥珀色をしていた。もしかしたら古酒なんだろうか。でも日本酒で古酒なんてわざわざやらないとなるものではない。樽酒みたいに木の樽に入れてあったから色がついたのかな。
目で楽しみ、鼻で楽しんだ。とにかく飲んでみよう。
「じゃあ」
軽く杯を掲げると二人も倣ってくれた。
舌先に乗せるようにして口に含む。
「おっ」
お米の強い味がする。それから鼻に抜ける豊かな香り。
すっきりとした端麗辛口に慣れていると、この強烈さはびっくりするだろう。芳醇甘口系の日本酒よりもさらに味が濃いように思う。
活動報告にキャラクターデザインをアップしていますので、よろしければそちらも合わせてご覧ください。




