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葵の手が僕の背中に触れている

20191019改稿。

 葵の手が僕の背中に触れている。

 ありがたくて、少しだけ顎を引いて感謝の気持ちを伝える。

 葵はそっと微笑んでくれた。


「あたしもコウおねーちゃんに字をおしえてもらうじかんなのでいきます」

「まあ、字の勉強をしているのですね」

「うん! じゃなかった、はい!」

「それでは文字が書けるようになったら、主様と吾にお手紙を書いていただけますか?」

「……いいの、ですか?」

「はい、もちろんです。楽しみして待っています」

「じゃあ、いそいでおしえてもらってくるね。それでは、キヨマサさま、ミオさま。あたしもいきます!」


 ぺこりとお辞儀をして、翠寿も走り去る。

 その姿が見えなくなったところで限界だった。


「……ふう」

「よく堪えられましたね」


 僕も体力の限界だった。体力というか行動力というか。

 初めて機巧武者になったときと同じように全身を倦怠感が包んでいる。


「悪い。もう立っていられない……」


 ずるずると腰が落ちていく。

 葵が背中を支えていてくれたから、これまではなんとか立っていられたのだ。


 梅園さんも気を失うほど疲労していたけど、あれは動き回って体力を消耗したのに加えて機巧武者だったことも関係していたのかもしれない。

 機巧武者になるたびにこんな状況になっていたら、戦場では命がいくつあっても足りない気がする。


 座って息を整える。

 ゆっくり吸って、吸ったときよりも時間をかけて吐き出す。

 それを何度も何度も繰り返す。


 少しだけ気持ちが楽になったかもしれない。

 機巧武者の姿を解いた後については今後の課題だな。


 不動や翠寿との会話の中で一言も声を発しなかったのは、すでに体力の限界だったからだ。

 あそこで力を失って崩れ落ちていたら、僕に対する二人の印象は今と異なっていただろう。


 僕が情けないと思われるのは構わない。それは事実だから。

 だが、この国を救った英雄が模擬戦程度で息を切らせている姿を見せて、「なんだ、英雄というのはこの程度なのか」と思われるわけにはいかなかった。


 近いうちに再び戦いがある。

 現在のところ国力も機巧武者の数においても関谷が劣勢であるのは間違いない。

 精神力や気力だけで勝てるわけではない。ないのだが、心の支えは必要だ。

 そのときのためにも僕は英雄という役割を演じ続けなければならないのだ。

 だから僕は立っていた。

 彼らの英雄であり続けるために。


 そしてもう一人。

 この場にはさっきから一言も発していない人物がいる。


 思えば道場で梅園さんに声をかけられたときから様子がおかしかった。

 いつもの明るくてあたたかくて、それでいて少し抜けているような愛嬌のあるところが姿を潜め、感情の起伏が失われたような状態だった。


 不動の話からすると、ここに僕が来る前に何かよくないことがあったのは事実だろう。

 そしてそれが少なからず彼女たちの心の傷になっているんじゃないだろうか。

 正直、澪のこういう姿は見ていたくなかった。

 隣にいてくれるとほっとできるような人でいて欲しかった。


 僕がこの世界に来て最初に会った人。

 何もわからず戸惑う僕に気を使ってくれ、疲れた体を癒してくれ、立ち止まっていた僕の手を引いて、この世界での一歩目を踏ませてくれた人。


 淡渕澪という人物は、僕の中でそれだけ大きな存在になっているのだから。


「澪。もういいよ。ここには僕たち以外に誰もいないから」

「……」


 表情は変わらない。

 まだ梅園さんと深藍の君が立ち去った方向を無言で見ている。


「大丈夫。今は気を張る必要はないよ」


 僕の言葉に、澪は小さく「ほぅ」と息を吐いた。


「…………ごめんね」


 何をと聞き返してしまえば、澪は謝った理由を口にしなければならなくなる。

 誰にだって触れてほしくないデリケートなところはあるだろう。

 もちろん、僕にだってある。

 この言葉は二人の間にあった空白を埋めるためのものなのだ。

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