機巧武者の姿を解いた梅園さんは意識を失っていた
20191018改稿。
機巧武者の姿を解いた梅園さんは意識を失っていた。
まるで大雨に打たれたかのようにぐっしょりと全身に汗をかいている。
澪が〈手当〉を使うと言ったのだが、脇に立つ深藍の君はただ黙って首を左右に振るだけだった。
それから僕たちに対して深々とお辞儀をすると、大きな体の梅園さんを肩に担ぎあげた。背を向けて本館へ歩いていく。
僕たちはその背中を黙って見送った。
「深藍の君の修理が終わり次第、入れ替わりで砦に向かう予定になっているのですが、彼にはよい経験になったでしょう。初陣の出来事で少々自分を見失っていたようですからね。この模擬戦を教訓に、彼はより強くなると私は信じていますよ。なにしろ彼には侍としての矜持がありますから」
館長は目を細めながら二人の姿を見送っていた。
その視線がこちらを向く。
「さすがはフブキ様と言ったところでしたね。あの動きには目を見張りました。私が現役であれば一手御指南していただきたかったところですが、引退した身が残念でなりません」
そう微笑みながら、館長もこの場をあとにした。
「……なんていうか、兄貴って優しいんだな」
今の戦いを見た感想がそれなのかと思って不動の顔を見る。
意外にも彼は難しそうな顔をしていた。
「正直に言うとさ、俺はあいつが気に入らない。なんかすげー偉そうにしているし、なにかと俺たちを馬鹿にした態度をとるからな。だいたい初日にケンカになったのだって、あいつの態度が悪かったからなんだ」
「あ、あたしも……好きじゃない、です」
翠寿はパタリと耳を後ろに倒していた。尻尾も力なく垂れている。
不安なのだろう。
「ただ、あの人の強さは俺も認めている。かなり鍛えているしな。でなければ初陣で首級をあげるなんてできないだろう? もちろん、俺だって戦に出れば活躍できるさ。いや、する。そのために鍛錬しているんだからな!」
気合を入れるように、パシンと右拳を左の手のひらにあてる。
「……まだ機巧姫はいないけどさ。いれば俺だってきっと、絶対……たぶん」
声のトーンが徐々に落ちていく。
正直な奴だなあと微笑ましく思う。
何かに挑戦するとき、不安になるのはよくわかる。それは誰だって同じだ。
僕だって新しいゲームをリリースするときは胃がキリキリと痛むし。
「兄貴はそれ以上に強い。ずっとずっと強いんだ。とんでもない強さだった。でなければさっきの模擬戦だってあんな一方的な流れになるはずがないんだ。基本的に兄貴がしていたのはウメゾノ様の攻撃をさばくだけだったもんな」
さすがは三旗の機巧武者を倒しただけはあるよと口の中でつぶやく。
「今のウメゾノ様が兄貴に勝つのは天地がひっくり返っても無理だ。俺が鬼の長を殴り倒すのよりも難しいと思う」
「おにの人たちは一晩中ケンカして、最後にたってた人が長になるんだって。ケンカばっかりしてるの。あたしたち人狼とはぜんぜん違うの」
「お、犬っ子のくせに俺たちのことをよく知ってるじゃないか!」
「あたし、犬じゃないもん! おおかみだもん!」
髪の毛を逆立てる勢いで翠寿が食って掛かっている。
そうだよな、翠寿は犬耳じゃなくて狼耳だもんな。
絶対に間違わないぞ。
「その犬っ子が言う通り、鬼の長は夜通し殴り合って最後に立っていた者がなるものなんだけどさ。俺なんて真っ先にぶっ飛ばされるんだよ。んで、俺をぶっ飛ばした奴はその次ぐらいにはぶっ飛ばされてさ。とにかく鬼は強さがすべてだから、殴って殴られて、それでも立っている奴が長だってみんなが認めるわけ」
壮絶なバトルロイヤルだな。
しかし、あれだけの腕力を持つ不動を一発殴ってKOするってどうなっているんだ。鬼の一族は化け物ぞろいか。
「当然、俺なんか長の足元にも及ばないヒヨッコなんだけど、その俺と長以上にウメゾノ様と兄貴の力量差はあったと思う。だから正直言って、ウメゾノ様はすげーと思う。俺だったら……ぶるって立っているのがやっとだったかもしれない」
かすかだが不動の足が震えているのがわかった。
「あれだけ力の差があるんだ。一発殴って相手の意識を奪って終わりにしてもよかっただろ? でも兄貴はそれをしなかった。一本目は動きが速すぎて何をしたのかわからなかったけど、二本目は相手の全力を出させていた。だからウメゾノ様は納得できたと思うんだ」
不動が僕をまっすぐに見つめている。
「――自分より、兄貴のがずっと強いって」
本当は幕末の剣豪、男谷信友のように三本のうち一本を譲るつもりだったのだ。
だから二本目は自分からは仕掛けず、回避に専念した。
二本目を譲る前に相手の体力が尽きるのは想定外だったんだけど。
だから僕が優しいというのとは少し違うように思う。
ちなみに一本目の動きは熊を倒すときのものだ。
実践しようなどと思ってはいけない。野生の熊には近づかないに限る。
「俺、もっと強くなりたい! 兄貴に勝てるとは言わないまでも、兄貴に全力を出して戦ってもいい相手だと思われるぐらいには強くなりたい! そのためには修練あるのみだもんな。俺、道場に行ってくる!」
またな、兄貴!とでかい声で別れの挨拶をすると、全速力で走って行ってしまった。
なんて元気な奴なんだ。少しぐらいその元気を分けて欲しい。
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