調練場はかなり広い
20191016改稿。
調練場はかなり広い。
機巧武者での模擬戦を前提にしているので当たり前だ。
さて、これから猪武者を相手にしなければならないわけだが。
そう思って振り向くと、頭から湯気でも出しているんじゃないかという表情で梅園景虎さんが僕を睨みつけていた。
「俺は心の広い男だからな。荷物をまとめて出ていく用意をする時間ぐらい待ってやってもいいぞ!」
カッカした状態でも煽りを入れることは忘れないんだな。
いい根性だ。
「なあ、葵。ちょっと聞きたいんだけどさ」
「なんでしょうか?」
葵にだけ聞こえる小さな声で尋ねる。
「……どうやったら機巧武者になれるの?」
初めては状況が全くわからない状態で、気が付いたら機巧武者姿になっていた。
だから自分の意思で機巧武者になる方法がわからないのだ。
「吾に触れてください。勾玉に触れ、まっすぐに吾の瞳を見つめてください」
言われるまま制服の胸の部分にある葵色の勾玉に触れ、瞳を見つめる。
「そして強く願うのです。力が必要だと」
「わかった。じゃあ、やろうか」
魂の形をしているとも言われる勾玉に触れたまま瞳を見つめ、心の中で強く願う。
――力が欲しい!
次の瞬間、己の中にとてつもない力がみなぎっている。
人にはとても及びもつかない圧倒的な力を手にする。
常人であれば今にも暴れだしてしまいそうな力を手にしていながら、心は波紋一つない湖面のような冷静さを保っている。五感は極限にまで研ぎ澄まされていた。
力と心、すべてが己のコントロール下にある。
地面を見下ろす。
少し離れたところに、澪と翠寿、不動の姿が見えた。
「すげー! すげーよ、兄貴!」
「わー、キヨマサさま、すごーい!」
不動と翠寿が感嘆する声もはっきりと聞こえた。
「ふん。機巧操士なのは本当だったようだな」
そして僕の目の前には暗い紫みの青をした機巧武者が立っている。
吹返の小さい瓜形兜の横からは二本の角が水牛のように伸びていたのだろうが、今は両方とも半ばから折れていた。
横矧の桶側胴には槍によるものだろういくつもの傷跡がある。二の腕に沿った六段の丸袖だが左側は半ばから千切れ、前腕を覆っていたはずの篠籠手も破損して防御力はほぼ失われていた。あれでは力を入れるのも難しいだろう。
下半身は太もも部分を筏佩楯が、膝から下は中立挙と篠臑当を着けている。しかしこちらも左腕と同じくかなりのダメージを受けているのが見て取れた。特に右足の佩楯は破れ、臑を覆うはずの篠も失われて下の布地が露出している。
腰には人間の姿の時と同じように腰に太刀を佩き、小刀も差していた。
「安心しろ、太刀は使わん」
そう宣言して太刀を抜くと地面に突き刺した。
「お前はその小太刀を使っても構わないぞ」
そう言われて初めて気が付いた。
僕の機巧武者が腰に小太刀を差していたのだ。
機巧操士が装備しているものはそのまま機巧武者に持ち込めるらしい。
無手の相手に刃物を抜くのも大人げないだろう。
小太刀を腰から抜いて地面に置く。
「ふん。後で泣き言を言うなよ」
さて、どうしたものか。
こうして立ち合っていても恐怖はなかった。
理由の一つに相手が既にダメージを負っているのもある。でも、そもそもの話として格の違いを感じていた。
ここまで差があるのなら完膚なきまでに叩きのめすことも容易だろう。
しかし、中の人がどういう性格であれ関谷には機巧武者が必要だ。だからこれ以上壊すわけにはいかない。その意味でも無手でやるのは助かる。
「澪。審判を頼む。相手の態勢を崩して有効打が与えられたところで勝負あり。三回勝負で二回勝った方を勝者とする。それでお願いする」
「わかりました。アワブチ・ミオが審判を務めさせていただきます」
「ふん。戦なら最初の勝負ですべてが決まるのを知らんのか。莫迦め!」
馬鹿はお前だ。
「いつまた敵が攻めてくるかわからないから攻撃は寸止めするよ。こんなことで壊れて戦えなくなったら困るからね」
「な……っ」
やっと気が付いたのか。
それはさすがに頭に血が上りすぎでございましょう?
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