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パチパチという音が響いている

20191002改稿。

 ――パチパチという音が響いている。


 モニタ以外に光源は存在しない。

 この場所に生きている人間は僕以外、誰も存在しない。


 これは夢だ。


 モニタの時計は午前四時過ぎを表示している。


 これは夢だ。


 こんな時間に、こんな場所で、たった一人で仕事をしているはずなんてない。

 だから、これは夢だ。

 ただ目の前にある作業を淡々とこなしていく。

 そう、やらなければならないことがある。


 ――パチパチという音が響いている。


 次のイベントのためのキャラクターを考えなければならない。そのための資料作成も必要だ。


 新規に立ち上げたゲームの滑り出しは上々だった。正直、ほっとしている。

 ゲームをリリースする前はいつも緊張する。

 ゲームが受け入れられるかを考えると胃が痛くなって夜も眠れない。

 肉体的にも精神的に追い込まれる状況をなんとかしのぎ切って、ようやくリリースに至る。

 もっとも、ゲームをリリースして終了というわけではない。

 不具合対応、バランス調整。次のイベントの準備。やることはいくらでもある。

 サービスが終了するまでそういった作業は続いていく。


 ディレクター業というのは多岐にわたる。

 ゲームが始まるまでの制作はもちろんのこと、ゲームが始まってからもイベントの準備、資料の作成と発注、誤字脱字のチェック、パラメーターやバランス調整、音声収録、モーションの確認、デバッグなどなど。

 本当にたくさんの作業が待っている。


 聞いた話によると、誰もが知っているような有名タイトルにもなると、それこそ毎日音声収録があるらしい。そうなると音声スタジオを自前で持つ方が効率がいいからと用意したとか……すごい話だ。


 ああ、いかん。他社さんのことはいいんだ。

 今は新しいキャラクターを考えないと。


 前回がロリ系、その前がおねーさま系のキャラだったので、今回は正統派がいいだろうか。

 こういうのはバランスが大事だ。

 偏るとプレイヤーが離れて行ってしまう要因になりかねない。

 あとプレイヤーの意見を聞きすぎるのもよくない。参考にするのはいいとして。


 ――パチパチという音が響いている。


 というわけで、ベースは正統派にした。

 正統派といっても方向性は様々だ。

 お嬢様、優等生、委員長、凛々しいとか母性あふれるとか。

 ここまで変化球が続いているから、今回は下手にひねりを入れない方がいいだろう。


 次は外見だ。

 ロリがボブ、おねーさまがウェーブときたから、髪型はロングストレートがいいか。

 シルエットの状態でどのキャラかわかるデザインが望ましい。だからリボンをつけるとか、編み込みをするだとかのオプションも考慮したい。

 しかし、これまでのロングストレート系のキャラはアホ毛やらもみあげやらを追加していたから、素直なロングヘアのキャラはここしばらくいなかった。

 それならば、あえて目立つ個性をなくしたのを個性とするのもありだ。


 あとは細かいところを詰めていこう。

 たとえば前髪の処理。

 揃えるか、分けるか、おでこを出すか。それぞれ受ける印象が異なる。

 どれがコンセプトに一番合致するだろうか。


 目の形はどうするか。

 大き目? それなら可愛らしい面を強調するのがいい。

 切れ長? それならクール系に寄せるのもいいだろう。


 頭の中にぼんやりと描いていたイメージを一つひとつ明確化していく。

 外見がおおよそ固まったところで性格設定に移る。

 洗い出した項目を見直してみると、これは真面目系お嬢様あたりがしっくりきそうだ。

 もちろんギャップを狙うこともできるが、正統派とした以上は素直に設定しよう。

 王道、鉄板、正統派。悪くないイメージだ。


 両手を上へ伸ばして背筋を伸ばす。

 首を左右に傾けると、ゴリゴリといい音がした。

 集中して作業をしているからか、肩のあたりがかなり凝っている。

 近いうちに整体へでも行こうか。

 床に直接座ることなんて滅多にないから姿勢が悪いのも影響している。

 ネクタイを緩める。

 よし、もう一息だ。


 ――パチパチという音が響いている。


 この外見なら口調は丁寧な感じがいい。

 かといって「~ですわ」までいくとやりすぎだ。丁寧よりな普通の女性口調がしっくりくる。

 具体的なイメージがしやすいよう発注までにはいくつかサンプルのセリフを用意しておこう。


 一人称や二人称も決めなければ。

 私、わたくし……ありきたりか。

 あたし……だとやや幼いし、砕けすぎた感じになる。

 自分の名前を一人称……現実にはあまりいないけど二次元ならあり。でもこのキャラだとちょっとイメージと違う。


 うーん、どこかにこのキャラならではの個性が欲しい。

 たくさんのキャラに埋もれてしまっては悲しいからな。

 だからここはあえて少し変わった一人称にしてみるか。


 我、ワシ、わっち……狙いすぎだ。

 それにこのあたりだと古風な感じが前に出過ぎてしまう。

 落ち着いていても古風まではいかないぐらいのバランスにしておきたい。


 うーん、うーん………………よし、後回し。

 ぱっと思いつかないことはひとまず置いておいて先へ進もう。

 こんなところで止まっていては駄目だ。

 考えすぎないほうがいい。


 ――パチパチという音が響いている。


 属性を決めなければ。

 剣、槍ときているから、必然的に今回は弓キャラだな。

 ロングストレートで真面目系お嬢様の弓使い。イメージは純和風になるか。ふむ、いい塩梅(あんばい)だ。


 弓ということは必然的に青系の色になる。

 色のリストを表示する。

 紺碧(こんぺき)瑠璃(るり)紅桔梗(べにききょう)青藍(せいらん)深藍(ふかあい)(あおい)……どれも悪くない。


 ――パチパチという音が止まる。


 何かが引っかかった。

 大切なものが目の前にあるというのにそれを認識できていない。

 焦燥感が募る。

 心の奥がざわざわと騒ぎ立てているのに、理由を認識できていない。


 駄目だ。これ以上はいけない。

 それを認識したくない。

 このまま仕事をしている夢を見させてくれ。


 ――パチパチという音が聞こえない。


 辛いことはいやなんだ。

 もう放っておいてくれないか。

 仕事をしていればいいんだ。

 悲しいことは思い出したくないんだ……。


 ――無音。


 どこと知れないところへ落ちていく。

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