これが兄貴の機巧姫か
20191014改稿。
「これが兄貴の機巧姫か。すっげぇなぁ。きれいだなぁ」
「ふふ、ありがとうございます。葵と申します」
「ぉ、俺はオオヒラ・フドウでぃす」
あ、また微妙に噛んだ。
別の意味で赤鬼になりながらお辞儀なんかをしている。
どうやら大平さんは純情少年のようだ。
性格もまっすぐで、授業がなくても鍛錬を欠かさず、礼儀正しい。
悪い奴じゃなさそうだった。
しかし、気になる。
鬼の角ってどんな感じなんだろう。
気になる気になる気になる。
よし、ここは思い切ってお願いしてみよう。
「気を悪くしないでもらいたいんだけど、その角って本物なの?」
「これか? ああ、本物だぜ! 触ってみるか?」
「いいの?」
「いいぜ! 嫌いな奴ならぶっ飛ばすけど、兄貴なら話は別さ」
許可をもらったので、手を伸ばしてそっと触る。
表面は皮膚に覆われていて、その下に硬いものがある。骨だろうか。肘や膝を触ったときの感触に似ていた。となると頭蓋骨から角が伸びているのかな。
「すごいな。鬼の角なんて初めて触った。なんか御利益がありそうだ」
「ははは。兄貴は面白いことを言うな!」
「あの、私もいいですか」
「おう! 姉貴も俺より強いからな。なんだって言ってくれよ。姉貴はもっと堂々とした方がいいと思うぜ!」
姉貴と呼ぶということは、もしかして澪が大川さんに力比べで勝ったのか?
澪ってそんなに筋力があるのかな。そうは見えないんだけど。
「姉貴は心が強いんだよ。初めて候補生が全員集まったときのことさ。嫌なことを俺たちに言う奴がいて、カッとなって俺がそいつを殴ってやろうと思ったら姉貴が間に割って入ってきてな。勢いが止まらなくて思わず姉貴を殴っちまったんだよ。でも俺に文句ひとつ言わなかった。そのとき、俺は負けたって思ったんだ。男気っていうのかな、姉貴のそういうところに俺は負けたんだ!」
「男気って……私、女だからね?」
「わかってるよ。そういう姉貴の律儀なところも男気あふれているよな!」
「だから男気と違うし……」
僕がここへ来る前にそんなことがあったのか。そういえば、広幡館長も無用の軋轢は避けるようにとか言っていたな。
そうだ。この機会だから澪にも聞いておこう。
「澪の耳のことも気になってたんだ。先っぽがちょっと尖ってるよね」
「私は木霊の一族だからね」
「木霊は八岐の中でも尊敬を集めているからな。むしろ俺の角よりも姉貴の耳のが御利益があると思うぜ!」
「やまた?」
僕の疑問交じりの声に、どうしようかという顔をしながら二人は互いを見ている。変なことを聞いてしまったのだろうか。
「……八岐は私たちのような化外の民のことよ。小さい頃に言われたことはない? 山に入るとさらわれるよとか、悪い子のところには鬼がやってきて頭から食われるよとか」
生憎だが聞いたことはない。
おそらく澪たち八岐というのは江戸時代の士農工商から外れる人々のようなものなのだろう。村や町に定住せずに山に入って狩猟などを生業とする存在だ。
「言っておくけど、俺は鬼だけど人を食ったりはしないぜ!」
ニカっと顔全体で大平さんは笑う。
来年の話をしているわけでもないのに鬼が笑っていた。
「あたしもヤマタです!」
「スイジュのような人狼もそうね。他には水蛟、土蜘蛛、天狗、九十九、宿曜と呼ばれる者たちがいるの。私の領地にはそういう人たちが暮らしているんだよ」
澪の表情はどこか強張っている。
触れられたくないことを聞いてしまったらしい。
「俺たち鬼は別に集落があるんだけどな。鬼は不屈の闘志と力自慢が多いんだ。人狼はすばしっこい奴が多いよな」
「あたし、すばしっこいです!」
うん、人狼が素早いのは知ってる。
紅寿の蹴り足の速さを身をもって体験したからな。
「水蛟は偉そうにしているが強い奴もいる。土蜘蛛は胡散臭いっていうかいつも騙されるから嫌いだ。天狗は陽気だけど調子がいい奴らが多いな。九十九に強い奴はいるけど真面目で融通が利かないから付き合うのは面倒だ。宿曜は何を言っているのかよくわかんねえ。そんな八岐の中でも姉貴の木霊は怒らせると一番怖いんだぜ。昔話には森を勝手に切り開いて木霊の怒りを買った国が大地震で滅んだっていうのもあるからな!」
「そうなんだ」
よし、澪を怒らせることは極力避けるようにしよう。
「あ、ちょっと今、私との間に距離を取ろうしなかった?」
「してない……いえ、しておりません。それは淡渕様の勘違いだと愚考いたします」
「ちょっと、キヨマサ君の言葉遣いが変になってるんだけどっ。本当に距離取ってないよね? 私のこと避けようとしてたら泣くからね!」
「ほんとほんと」
よかった。さっきまでのどことなく暗い雰囲気が霧散してくれたようだ。
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