自分に言い聞かせる
20191006改稿。
自分に言い聞かせる。
状況に甘えるな。自分が望む展開に基づいて行動するな。
常に最悪の事態を想定して行動しなければ痛い目を見るということを今の僕は知っているのだから。
「ううん、出ちゃダメです」
出ちゃダメなのか。それなら仕方がないな。
途中まで上がった腰を改めて湯船に沈める。
「じゃあ、一緒に入る?」
「……いいの?」
「君がよければ、だけど」
「やった!」
彼女の顔は喜色にあふれていた。
こちらへ駆けてくると、勢いよく湯船に飛び込む。
「こ、こら! いきなり飛び込んだりしたら危ないだろ!」
「ぷはっ。あははは! 一回やってみたかったの!」
そんなに楽しそうに言われたら叱ろうとした言葉も引っ込めざるを得ない。なにしろかわいいからな!
「はー、あったかいねー。こんなにあったかいお風呂はいったの初めてかもー」
「そうなの?」
「うん。だっていつもお風呂にはいれるときは最後だし。だからぬるいの。お湯もよごれてるし」
「そうなんだ……」
もしかしていじめとかじゃないだろうな。
こんなかわいい子をいじめる奴は僕が許さないぞ。
「お兄ちゃんといっしょにお風呂にはいったら、いつもこんなにあったかいお風呂なのかなー。だったらいいなー」
「僕とお風呂に入りたいの?」
わかってる。
彼女の目的は温かいお風呂であって、僕とお風呂に入ることではない。そこをはき違えてはいけない。
「うんっ」
でもこんな輝くような笑顔を目の前にしたら、そんな建前なんてどうでもよくなってしまう。
「この先どうなるかわからないけど、またここのお風呂を使うことがあったら一緒に入る?」
「はいる!」
おう、即答ですか。
いいですね。当方に拒否する理由はございませんことよ。
彼女は湯浴衣を着ていたけど、湯船に浸かっているのでぴったりと肌に張り付いていた。
今なら薄い桜色をした二つのぽっちが見える気がする。
いや、待て待て。これは駄目だ。ここから先は十八歳未満は禁止だ。
でも待てよ。僕の実年齢は二十六歳だから問題ないのではなかろうか。
……いかん、落ち着け、不吹清正。クールになるのだ。
ケモノ娘と一緒にお風呂に入るという夢が叶ったからといって暴走するわけにはいかない。
「あ、そうだった。お兄ちゃん、お風呂からでて」
「……どうしても出なくちゃいけないかな」
「うん。だってお背中流せないでしょ」
これはつまり、翠寿ちゃんが僕の背中を流してくれるってこと?
え? え?
そんなこと許されるんですか?
「あー、でもちょっと待ってもらっていいかな」
「……?」
どうして?と言いたそうに首をかしげている。
ああ、本当にかわいいなあ。
パタパタと濡れた耳が水を飛ばす仕草とか最高じゃないか。
それにほんのり頬が赤くなっているのもいい。
翠寿の顔から視線を離さないようにして心を落ち着ける。
大丈夫、僕は冷静だ。
きっと気が付かれてはいない……よし。
ざばりと音を立てながら湯船から上がる。
「はい、出たよ。今度はどうすればいいの」
「そこのいすにすわってください」
壁に向かって腰かけると、後ろから水音がした。
それからペタペタという足音。背後に気配を感じる。
「じゃあ、お背中お流しします」
「……お願いします」
小さな手で手ぬぐいを持って背中を洗ってくれる。
ああ、なごむ……最高だ。生きててよかったあ。
この子、お持ち帰りできないかなあ。
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