ここがお風呂場だよ
20191006改稿。
「ここがお風呂場だよ。今は誰も使ってないからゆっくり入っていいからね」
更衣室は思っていたよりも広い。風呂場というよりはちょっとした銭湯という感じだ。
操心館にいる機巧操士たちが利用しているのなら同時に何人もが入浴することも考えて広く作ってあるんだろう。
江戸時代の銭湯は基本的に混浴だったけど、まさかここもそうなのだろうか。
混浴って聞くだけでドキドキする。
でもこっちも相手から見られるのを忘れてはいけない。御仏のような清らかな心でお風呂に入らなければ。
「手ぬぐいはあるものを使って。着替えは用意しておくから、そこの籠に脱いだものを入れておいてね」
「ありがとう。葵はどうするの?」
いくら葵が人間そっくりとはいえ、人形もお風呂に入るものなのだろうか。
「吾はこちらに控えています。構いませんか?」
「わかりました。それではキヨマサ君がお風呂から出たらここで一緒に待っていてください」
そう言い残して澪が扉を閉めた。
脱衣所には僕と葵しかいない。
「葵はここにいるの?」
「はい」
そうか、ここにいるのか。
「僕、お風呂に入ろうと思うんだけど」
「ゆっくりと入ってらしてください」
うん、ありがとう。
でもね、葵が脱衣所から出て行ってくれないと服を脱ぎにくいっていうか、僕には露出趣味みたいのはないからね?
なんとか葵を説得して脱衣所から出て行ってもらうことに成功した。
「お~。これはなかなかいいじゃないか」
お風呂はサウナ式ではなく、大きな湯船があった。数人が並んで足を伸ばせるようなサイズだ。
そういえば仕事で泊まり込み作業になったらスタッフと一緒に会社近くの銭湯によく行ったなあ。
すごいお湯が熱くて、ひーひー言いながら入ったものだけど。なんだかすごく昔のことみたいだ。
手ぬぐいを頭の上に置いて、のんびりと湯船につかる。
ああ、生き返る。
くぅ~、風呂はいいねえ。
家のお風呂だと足を延ばして入れなかったからなあ。本当にいい気分だ。広々とした湯船というのは実に素晴らしい。
手足の先から疲れが染み出していくみたいだ。
湯船の縁を枕に寛いでいると、ガラリと浴室の扉が開く。
「――ひぃ!?」
突然のことで変な声が出た。
「あ、いましたね! よかったです!」
浴室に入ってきたのは小さな女の子だった。
紅寿よりもさらに小柄で、湯浴衣を着ている。
そして特質すべき点は――
「犬耳だっ」
彼女にもまた犬耳――いや、狼耳だ。人によっては怒り出すらしいから注意しないと――がついていたのだ。
おまけにお尻のあたりにはフサフサの尻尾もある。
きっと紅寿と同じ人狼の一族なのだろう。
おお、神よ。マヂですか。
こんなイベントがあるなんて聞いてませんでしたよ。感謝します!
いや、待て。
ここで慌てたら紅寿のときの二の舞になる。
同じ轍は踏まない。僕は学習ができる人間だ。
まずは冷静に状況を確認しなければならない。
「えーと、君は?」
「あたしはスイジュです」
「翠寿ちゃんか。いい名前だね」
名前を褒めると、にっこりとお日様のような笑顔をしてくれた。
くぅ、これです、これですよ、神!
こういうのを僕は待っていたのです!
「翠寿ちゃんはどうしたのかな。お風呂に用事があったの?」
「はいっ」
うん、いいお返事で花丸をあげたくなる。
きっとこの子も操心館に所属をしているのだろう。それで汗を流そうと思ってお風呂場に来たら僕がいた。
うむ、実にありがち。漫画やアニメなら定番の展開だ。
だがそれならば脱衣所の外にいる葵が何故止めなかったんだろうかという疑問がある。僕が中にいるから少し待っていてほしいと頼むことはできたはずだ。
それに彼女の第一声も気になる。
まるで僕がお風呂に入っていることを知っているような口ぶりだった。
「そっか。じゃあ、お兄ちゃんはどうしようか。お風呂から出たほうがいい?」
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