何者ですか
20191005改稿。
「何者ですか」
葵の声に促されたのか、草を踏む音を立てながら忍装束の小柄な人物が姿を見せる。
葵に誰何されるまでは全く気配を感じさせなかったのに。わざと音を立てて出てきたようだ。
「あ、コウジュ! 無事だったのね!」
澪が駆け寄って抱きしめている。
おそらくは澪が言っていた優秀な忍びだろう。
「大丈夫だった? ケガとかしてない?」
そう言いながらペタペタと相手の身体を触っている。
僕のときと同じ展開だ。きっと澪は誰に対してもこうなんだな。基本的にいい人なのだと思う。
ただ異性の身体をペタペタ触りまくるのはそのなんだ。ご遠慮願いたい。
忍びの衣装は澪のものによく似ているけど色が茶色っぽい。木の幹に溶け込みやすい色にしているのかもしれない。
ちなみに現実世界では黒色の忍装束というのはなかったらしい。
理由は簡単で、黒だと昼間は逆に目立ってしまうから。紺色や茶色、柿色なんかが多かったという記述を読んだことがある。
忍びは澪よりも小柄な女の子だ。
明るい色合いのふわふわの髪は肩のあたりでばっさりと切り揃えられている。
そして何よりも気になるのが――
「犬耳?」
そう、彼女の頭にはモフモフとした犬のような立派な耳が生えていたのだ!
まさかまさかまさか!
この世界ではケモノ娘もアリなのか……なんということだ。
業が――いや、懐が深すぎる!
僕は犬が好きだ。
人間に忠実な友である彼らは尊敬すべき存在だ。高じて犬耳娘も大好きになった。だってかわいいからな!
だから僕は自分が担当したゲームに犬耳をしたキャラを隙あらば登場させてきた。
発注担当者の権限だ。エロいキャラより犬耳キャラ。これだ。
職権乱用と言われようが構うことはない。かわいいは正義なのだ!
ああ、どのキャラもいい子ばかりだった……猫耳も兎耳も狐耳もいいが、僕はやはり犬耳だな。犬はいい。
だがモノには限度があり、それを逸脱すると後ろ指差されることになる。
当然のように僕は『カラクリノヒメ』でもケモノ娘を登場させようとした。正確には犬耳娘だ。犬耳>ケモノ耳という優先順位だ。
しかし一般常識なるものを振りかざすスタッフがたまたまチームに揃っていたのが運のツキだった。
今思えばあれはおかしかった。だって僕以外全員がケモノ娘にノーを突きつけたんだから。社長あたりの差し金だったのではないだろうか。
僕は断固拒否した。犬耳娘のためだ。宗教戦争だ!
戦いは長期に渡った。
だが結局、僕が折れた。
この世界設定には不要だとか、なくても魅力的な世界だから大丈夫だとか、機巧姫のオプションパーツなら許可しますとか、むしろいい病院を紹介しましょうかとか散々言われて、泣く泣く『カラクリノヒメ』ではケモノ娘は登場しないことになった。
返す返すも口惜しい。
多数決とかいう根本的な欠陥がある意思決定方法は廃絶されるべきであると強く思った。
もちろん、僕だって冷静になれば正しい判断は下せる。
ケモノ耳キャラは見た目の効果とか諸々を考えるとおいしいネタなのだ。それは他のスタッフたちもわかっている。
だが方向性の異なる要素を入れすぎると全体バランスが悪くなるのも事実。
ゲームのコンセプトとしてバランスよく要素を配置することを掲げていた以上、ケモノ耳は諦めざるを得なかった。
そんな過去のことはいい。今は目の前の犬耳娘だ。
艶々とした美しい毛並み……じゃない髪。両耳はぴったりと後ろに寝ており、澪に対して敵意がないのがわかる。
だからだろう、ワシワシと頭を撫でられているけど逆らう様子はない。
犬は古来より人間の友だからな。当たり前だ。
彼女にはなんと尻尾も生えていた。
髪の色と同じで立派な尻尾だ。長くて、しかもフサフサだ。それがブンブンと左右に大きく振られている。ご機嫌だな。
ああ、撫でたい。すごく撫でたい。
いいなあ、澪。僕も撫でさせてもらえないかなあ。
マンション暮らしじゃなかったらペットを飼いたいと思っていたんだ。
妹は猫派だったけど、僕は断然犬派だった。
やっぱり飼うのなら犬だよなあ。忠実なる人間の友。古くから人間の隣にはずっと犬がいた。
ジリと僕が近寄ろうとした瞬間だった。
それまで楽しそうに揺れていた尻尾が緊張するようにぴんと水平に突き出さる。
むむ、警戒されているのか。
僕はこんなにも犬が大好きだというのに。
全力でモフモフさせてもらえたら僕のこの想いが彼女に届くかもしれない。
「ハァハァ……」
一歩ずつ近づいていく。
腰を落として目線をなるべく同じ高さにするのがコツだ。
「ハァハァ、ハァハァ……」
じっと僕を見つめる彼女の瞳。とても綺麗だ。
短めの眉がきゅっと中央に寄っているのもかわいらしい。
「あの、主様?」
「だいじょうぶだよ~。モフモフするだけだからね~。痛いことなんてしないからね~」
犬耳娘相手に猫なで声で話しかける。
敵意がないことを表明しているだけで深い意味はない。大切なのはハートだ。
届け、僕の想い!
「キヨマサ君! キヨマサ君ってば!」
「だいじょうぶだいじょうぶ。こう見えて動物の扱いはネットの動画でいろいろ勉強してたからさ~。羨ましかったんだよなあ」
彼女の耳はぴんと立っている。
ワキワキと両手の指を動かしながら、ゆっくりと距離を詰めていく。
心なしか彼女の目が潤んでいるようだった。潤んでいるっていうか泣いてる?
あと一歩で手が届くと思った瞬間だ。
「はうわっ」
衝撃が股間から脳天へ向けて突き抜ける。
パチンと何かが弾けた感覚があった。
「きゅう~~~」
変な声が出た。
あれ? どういうことだ?
地面が近づいてくる。
視界の端に犬耳娘の足が見えた。
あ、そうか。
その足で蹴ったわけね。
次の瞬間、僕の視界が真っ暗になった。




