4 お待たせいたしました
「お待たせいたしました。早速、家来にその男の特徴を伝えて捜索を命じました」
「ありがとうございます」
「事は我が関谷の存亡にもかかわりますからな。もし盗まれたのなら他国へ渡る前に取り戻さねばなりません。売って金に換えることも考えられますが勾玉の売買などそうそうないでしょう。一応、商人たちにも勾玉の取引があればすぐに申し出るよう通達しておきました」
「万事お取り計らいいただき、重ね重ねありがとうございます」
「なんのなんの。とはいえ、どこまでお力になれるかわかりませんが。なにしろ人が足りず今年の計帳の更新にも支障が出ている有様でして。もっと人を雇い入れるべきなのでしょうが、腕が立ち、信用のおける者となるとこれがなかなか……ああ、すみません。愚痴になりました。他にできることはありますでしょうか」
「それでしたら須玉匠について聞かせいただけないでしょうか。かなり気難しい方だと聞いているのですが、実際のところはどうなのでしょう」
「気難しい程度なら可愛げがあるのですが――ともかく扱いが難しい人物であるのは間違いありません。基本、筋を通しておけばよいのですが、何をきっかけに怒りを買うかわからんのですよ。そういえば今朝も雷が落ちたようですな。事情を知らぬ輩が無理に庵へ踏み込もうとでもしたのかもしれません」
「事態の確認をしなくても大丈夫なのですか!?」
「下手に我々が首を突っ込むと事が拗れかねんのです。そもそも水江島との交易を我が国が独占できているのは竜泉寺殿のお陰でして。触らぬ神に祟りなしと言ったところですか。ああ、そうです。無事に勾玉が戻り、不吹殿が庵へ向かう際にはこの屋敷に暮らす水蛟の案内を付けますのでご安心ください。彼が同行すれば追い返されることもないでしょう」
「何から何まで助かります」
「逆にと言ってはなんですが、こちらからも不吹殿にお願いをしても構いませんでしょうか」
「僕にできることならば。何でしょう」
「船坂には他国が放った間者が紛れ込んでおります」
ギリと軋むような音がする。三島さんが噛み締めた歯の音だ。
「これまでに二体の人形が盗まれ、四体が破壊されました。また人心を惑わすような噂話が流れています。民が浮足立っており、ちょっとしたいざこざ、小競り合いも増えているのです」
「人形については耳にしました。噂というのはどういうものでしょうか」
「なんでも、どこまでも海を渡っていける大型船を作ろうとしている者がいるとか。外洋に出るなど水江島との交易船よりも巨大でなければ無理な話。荒唐無稽と笑い捨てておりますが、人形に関してはそうはまいりません。許可なく機巧姫を他国に持ち出すのも、他者が所有する人形を破壊することも法に反するのですからな」
「その犯人捜しに協力をすればいいわけですね」
「おお、そう言っていただけますか。これは心強い。配下の者を総動員して事に当たっているのですがいかんせん数が足りておらず……しかし問題はそれだけではなくなったのです」
口元を引き締めた三島さんが言葉を継ぐ。
「治安が乱れつつあるのは感じておりました。いたのですが……ついに人死が出たのです。私の家来でした」
「それは……お悔やみを申し上げます」
「かたじけない」
僅かに視線を下げた後、三島さんが真っ直ぐに僕を見る。
「昨日の見回りから戻らなかったので捜したところすでに事切れておりました。腹部を一突き。抵抗した跡はありませんでしたから下手人はかなりの手練れと思われます」
「殺された場所はどの辺りなのでしょう」
三島さんが視線を向けて頷くと、部屋の隅で控えていた片寄さんが地図を広げてくれた。
「見つかったのはこの辺り。東の船着き場近くです」
「ここが明科川ですよね。ふむ」
「気になることでも」
「僕たちは舟でここまで来て、恐らくこの辺りを通って町に入ったんです」
地図をなぞってルートを示す。
「そうだっけ? もっとこっちのほうじゃなかった?」
澪が示したのは町の西側だ。そこに川はない。
僕の表情を確認した三島さんは澪の意見をスルーすることにしたようだ。
「現場に近いですな」
「暗い上に雨も降っていたのではっきりとはわかりませんが、人通りがほとんどなく、建物も少ない場所だったと記憶しています」
「おっしゃる通り、ここは町の中心から外れているので空き家がいくつかあるばかりです。そこを寝床にしている不逞の輩がいるようだという噂があったので見回りをさせたのです」
なるほど。ある意味でその情報は正しかったというわけか。
「ご存じのように今はどこも人員に余裕がありません。ですから――」
「わかりました。僕たちでよければ力をお貸しします」
「その言葉、千の援軍を得た心持ちがいたします」
そんな大げさなと思ったけど、機巧武者は一騎当千とされる存在だから言葉通りの意味で言ったのかもしれない。
相手が機巧武者を出してくるようならば僕と葵が戦うしかない。腹を括っておこう。
「三島様! 三島様!」
「何事か」
「先ほどご指示のありました者と特徴の似た者がこの屋敷へ来ております」
「その人ってひょろっとして、毛がもじゃもじゃですか?」
「はっ。そのような風体をしております」
「よかったぁ。きっとここまで忘れ物を届けてくれたんだね」
澪はほっと胸を撫で下ろしていた。
「ただその者は怪我をしており、何を言っているのか見当もつかず……」
「大変だ。澪!」
「わかってるっ。すぐに案内してください!」




