3 案内された先は八畳の広間だった
案内された先は八畳の広間だった。
畳は真新しく、イグサのいい匂いがする。
「こちらで今しばらくお待ちください」
短く刈り込まれた髪に長いもみあげをした武士が頭を下げる。
なかなかの偉丈夫だ。体格は操心館の梅園さんにも引けを取らない。
体格と同じく顔のパーツはどれも大きい。黒目がちの瞳はつぶらで、どこか愛嬌がある。
「あの……」
「なんでしょう」
「そちらの従者の方はもしかすると、その……人狼ではないでしょうか」
「……ええ。それが?」
僕の声音に驚いたのか慌てて頭を下げる。
「あ、いえ。某、幼少より人狼の友が欲しいと思っておりまして……友と言うとおこがましいかもしれませぬが、なんと言いますか……そう! 憧れておったのです。人狼は身のこなし素早く、力も強く、森の守護者として崇められる戦士だと聞き及びます。なにより人狼が主に捧げる忠義は武士に通ずるものがあると思っているのです。不躾とは承知しておりましたが、このような機会は二度とないかもしれぬと思い、切り出した次第でして……」
思わず口元が緩んでしまった。
この人も奥山田さんと同好の士だったのか。
こういう人も結構いるんだなあとほっこりした気持ちになる。
「こちらが紅寿、それから翠寿です」
紅寿は無表情で、翠寿はにっこり笑って頭を下げる。
「そ、某、片寄武隈と申します。以後、お見知りおきのほどを」
「よろしくです!」
明るく応じる翠寿に片寄さんの顔が紅潮する。
「こ、こちらこそよろしくお願い申し上げる!」
体格に相応しい大きな声に思わずこちらの顔も綻んだ。
こんな人ばかりなら八岐の人たちも暮らしやすいだろうに。
軽快な足音が聞こえたかと思うと音もなく障子が開く。
「お待たせいたした」
髪を後ろの高い位置で縛る総髪に小袖と袴姿の男性は床の間の前に胡坐をかき、自身の右手側に刀を置く。
まだ若い。三十前後といったところだろうか。
「船坂の代官を務めます三島三太夫と申します。不吹殿のお噂は私の耳にも届いております。貴方のような方にお目通りが叶い、恐悦至極に存じます」
そして折り目正しく両手をつき頭を下げる。
「こちらこそ、突然の来訪になってしまい申し訳ありません」
「ところで今日はどのようなご用件でしょうか」
「本来はこの町の近くで暮らす須玉匠に用があったのですが……」
「竜泉寺殿ですな」
「ご存じでしたか」
「無論です。あのお方は水蛟ですからな。何かあっては大事になりますので動向は常に把握するようにしております。とはいえ露骨に人を配置しようものなら雷が落ちかねないのですがね。ははは、気位の高い水蛟とはいえ困ったものです」
それは笑い事ではないと思うのですが。
「実は操心館の茅葺殿から連絡をいただいておりまして、おおよその事情は承知しております。竜泉寺殿は先日の船で水江島からお戻りですよ」
茅葺さんが話を通しておいてくれたのか。流石、仕事のできる人は違う。
「ところで、先ほどの口ぶりからするとそちらの件以外に何かあったのでしょうか」
「そうなんです。実は修復をお願いするはずだった勾玉を紛失してしまいまして……」
「経緯をお伺いしても」
ばつが悪いけどここで誤魔化しても仕方がないので、正直にすべてを話した。
「なるほど。それは困りましたな」
三島さんは思案顔をする。
「少々お待ちいただきます」
音もなく立ち上がり部屋を後にする。
「はああ……」
緊張していた肩をほぐすとコキコキといい音がした。
「あの……ごめんね、清正君。本当は私が悪いのに……」
「勾玉を預かったのは僕で、その所在をちゃんと確認しなかった僕が一番悪いんだよ」
「でも……」
「責任は僕にある。今回のことで澪が気を付けるべきなのは……やっぱりお酒についてかなあ。でも初めて飲んだ火酒だったし、情状酌量の余地はある気がする。澪と一緒に飲むお酒は楽しいから好きだけど、これからは気を付けようね。というわけでこの話はここでおしまい」
「……わかった。これからは気を付けます。だからその……ありがとう」




