22 そんなに興味を持っているんですか?
「奥山田さんはどうして八岐に対してそんなに興味を持っているんですか?」
これまで僕が出会った人で八岐に対して好意的な人は少ない。
梅園さんや浜田屋の主人のように露骨に言動に出す人もいれば、白糸様やほの香姫のようにそれとなく態度に現れる人もいる。
勿論、全然気にしていないように見える茅葺さんや広幡館長のような人もいるんだけど。
「だってさ、八岐って言えばかつては神と呼ばれた人たちなんだよ。水蛟様は水と風と雷を操る竜神様だったし鬼は荒ぶる鬼神だった。狼や猿、鹿、狐、馬、猪たち。さらには烏や鶴や鶏はみんな神使――神様の使いだ。木霊は山の神の声を伝える巫女様だろ。そんな人たちと仲良くなれたらすごいと思わないかい」
「なるほど……神様の声を伝える巫女……」
その巫女様は僕の目の前で美味しい美味しいと言いながら水を飲んでいる。
「八岐が優れた力を持っているのは不吹君も知っているだろう。時には荒ぶる自然のようにその力がふるわれることもある。ここ船坂では春先に天気が崩れやすいんだけど、雨が降るのも雷が鳴るのも水蛟様のご機嫌が悪いせいだという言い伝えがあるんだよ。だから八岐を恐れる人の気持ちもわからなくもない。だけど、だ。僕は彼らと友達になりたかった。その気持ち、わかる?」
「なんとなくは。付き合ってみれば普通の人たちですし」
「そうか! やっぱりそうだよな。知り合う前から嫌っていちゃ駄目なんだよ。そうかそうか。不吹君もそう思うか。いや~、君とは初めて会った時から特別なものを感じていたんだ。ほら、飲んで飲んで! 僕のおごりだから!」
奥山田さんはすっかり溶け込んでいた。
最初は警戒心を露わにしていた紅寿も今では大人しく奥山田さんおすすめの料理を口に運んでいる。
「これもおいひいららぁ!」
翠寿は目を輝かせながら次から次へとおすすめに口を付けていく。
「ここのはどれも美味いけど、なんといっても塩を利かせた料理が一番なのよ。さっきの潮汁も美味かったろ。でも本当に美味いのは他にあるの。魚もいいけど肉の塩加減が絶妙なの! 翠寿ちゃん、これも食べてごらん」
串に刺さった肉に翠寿は大口を開けてかぶりつく。
「おおおおいひぃぃれふ!」
「だろう! 紅寿ちゃんも食べてね」
肉汁滴る串を紅寿の前のお皿に置く。
ちらりと視線を奥山田さんに向け、ぺこりと頭を下げてから紅寿も串にかぶりついた。
満足いく味だったのか口元が緩んでいる。紅寿のこういう表情は珍しい。
なお、酔いつぶれた澪は隅で寝息を立てていた。
帰りは僕が背負っていくしかないな、これは。
「奥山田さんは船坂の人なんですか」
「生まれも育ちも船坂さ。漁師の真似事みたいなことをして暮らしてるんだけどね。おじさんからはさっさと本腰を入れろっていつも言われているよ。たはは。でもね、僕にもやりたいことがあるんだ。聞きたい? 教えちゃおうかな~。なにしろ今日は八岐と知り合えた記念すべき日だし」
「是非聞かせてください」
「いいね。不吹君はノリがよくて。好きだよそういう人。だから教えちゃう。僕はね。八岐についての記録を後世に残したいと思っているんだよ」
「記録ですか」
「そう。八岐とはどういう生活をしている人たちなのか、どういう能力を持つ人たちなのか。そしてどんな人がいるのか。それらを本としてまとめたいんだ。悲しいかな八岐を恐れる人は多い。それは無知から来ることだと僕は思っているんだよ。だからそういった人たちの蒙を啓くための本が必要だと考えているんだ。そのためにはまず僕が八岐と友達になることから始めなければいけないと思う。わかるかな?」
「わかります。素晴らしい考えだと思います」
「わかってくれるか!」
奥山田さんが手を差し出す。僕がその手を取ると奥山田さんはしっかりと握り返してきた。
「いや~、君ならわかってくれると最初から思っていたとも。よ~し、じゃんじゃん飲んでよ。おごっちゃうから。おねーさん! 火酒をもう一杯頼むよ!」
追加の火酒を舌先で舐めるように飲みながら話を続ける。
「船坂ってもっと活気がある町なのかと思っていたんですけど、そうでもないんでしょうか。物騒な事件が起きているって噂も耳にしましたけど」
「あ~、今は時期が悪かったかもねえ。本来は賑やかだよ。特に水江島から船が来る時はたくさんの人がやってきて、宿なんて取れないぐらいになるんだけどさ」
「関谷では二番目に大きな町なんですよね」
「そうそう。それにはちゃんとした理由があるんだな。まずは海がある。海からは海の幸がたくさんとれる。特に魚は美味い! そうだろう?」
「だらうまいだらぁ」
「ぃよし! 翠寿ちゃんにもう一杯おごっちゃう! おねーさーん!」
「わーい! おねーさーん!」
翠寿は完全に胃袋を握られていた。




