21 お姉さんはご機嫌だねえ
「お姉さんはご機嫌だねえ」
仕切りとなっている衝立の向こうから顔を出したのは、もじゃもじゃ頭で面長な男性だった。
年の頃は二十歳をいくつか過ぎたぐらいだろうか。
「あ、いや、僕は怪しいものじゃないんだ。一人で飲んでたんだけどね、君たちの楽しそうな声を聞いていたらこっちまで気分よくなってきちゃってさ。よかったらご一緒できないかと思ってね。あ、そこ詰めてもらえる? どうもどうも。ありがとう。よっと。僕は奥山田北洋っていうんだ。ど~ぞよろしく」
いきなりのことで紅寿たちもどう対処したらいいかわからないらしく、困ったような表情をして僕を見る。
「君たちでしょ。今日、志野湊から舟で来たのって」
「……どうしてそれを」
まさか僕たちを尾行していたのだろうか。
腰に伸ばした手が止まる。
そうだった。獅童は葵に預けてあるんだった。
「実はね、君たちを運んできた船頭が僕のおじさんでさ。今日は面白い連中を乗せて来たんだって楽しそうに言うもんだから、どんな人なんだろうっていろいろと想像をたくましくしていたわけ」
「その船頭って色黒で声の高い人ですか?」
「そう! それそれ。色黒っていうか、あれは日焼けなんだけどね。僕も物覚えついてからおじさんの肌が白いところを見たことがないんだけど。まあ、あの顔に似合わず声が高いよね。あと声もでかいしね。どうして船頭ってそういう人が多いのかねえ。不思議だねえ」
それにしてもよく口が回る人だった。立て板に水を流すように次々と言葉が出てくる。
「そのおじさんがね、『お前、八岐に興味があったろお? 今日の客がそうだったよお』なんて言うわけよ。そんなこと言われたら俄然興味を持っちゃってさ。もしかしたら食事をしにここに寄るかなと思って待っていたわけ」
「何故、八岐とわかったのですか?」
自分のものには思えない低い声だった。
「そりゃあんた、そっちの子たちは部屋の中なのに濡れた頭巾を被ったままだし、酔っぱらったお姉さんの髪の間から見えてる耳は独特な形をしてるじゃない。わかる人にはわかるわけよ。でも君は違うみたいだね。そういえば美人の人形も連れていたっておじさんが言ってたけどいないの? まあ、いいや。人形はそんなに興味ないし。最近はなにかと物騒だから人形を連れ歩くのはよくないだろうしね。あ、そうそう。おじさんは仕事柄いろんな人を舟に乗せるから相手の素性なんて気にしないんだよ。僕は一度でいいから八岐の人と話をしてみたいとずっと思っていてさ。でもその機会がこれっぽっちもなかったんだよね。目と鼻の先に水蛟様たちが暮らす水江島があるんだから一人ぐらいは船坂で暮らしているんじゃないかなと思って探してみたけど成果がなくてさ。水蛟様は男も女も美人ぞろいだっていうから会えるのを楽しみにしているんだけどねえ。だいたいなんで水江島は立ち入り制限されてるのさ。自由に行き来できたっていいと思わない?」
「さ、さあ……何か理由があるんだと思いますけど」
「理由わかんないの? お侍様なのに。まあ、いいや。君は八岐と友達なんでしょ? だって彼女たちと一緒にいるじゃない。うらやましいなあ。よかったら僕にも紹介してくんないかなあ」
人懐っこい顔で懇願される。
一方的に捲し立てられる話を聞く限りではちょっと行き過ぎた八岐愛があるぐらいで悪い人ではないように思える。
これで腹に一物抱えていればたいしたものだ。
「えーと、僕は不吹清正です。酔っているのが淡渕澪で、それから紅寿と翠寿です」
「よろしく! 仲良くしてくれよな!」
言いながらフラフラしている澪に手を伸ばす。
澪は胡乱な目で差し出された手を見ているだけなので、奥山田さんは勝手に手を取って握手した。
「よろしく」
「……」
じっと相手の目を見るだけで紅寿はろくな反応を示さない。
「よろしくな!」
懲りずに今度は翠寿に手を伸ばす。
「よろしくです!」
笑顔で握手に応じた翠寿を見つめる奥山田さんの目尻はこれ以上ないほどに垂れていた。
「ああ、ついに八岐と知り合うことができた! 今日は素晴らしい日だ! ところでなにを頼んだの? ほうほう、刺身と煮魚か。わかってないなあ。この店に来たのなら潮汁を頼まないと。塩味が利いてめちゃくちゃ美味いから。おねーさん! ここに潮汁人数分よろしく! あ、いいからいいから。今日は僕がおごっちゃう」
「おごりなろ? やったー!」
そういうところだけ反応するのやめようよ、澪。




