20 はい、お待たせ
「はい、お待たせ。先に火酒を二つね」
深底のぐい呑みに液体が半分ほど満たされていた。
「それからこれは水ね」
火酒の入ったぐい呑みよりもずっと大きい湯呑が隣に置かれる。
「なんでお水が?」
「慣れない人が火酒をそのまま飲むとまずむせるからさ。その時に水がないと困るだろう」
「そういえば前に清正君がお酒を飲むときは一緒にお水を飲むといいって言ってたよね」
「あら。お客さんは火酒を飲み慣れているのかい」
「火酒は初めてです。ただお酒にまつわる苦い経験はそれなりにあるので……」
「あははは。面白いことを言うお客さんだ。火酒はそのままよりも水で薄めて飲んだ方がおいしいとあたしも思うんだけどね。物は試しさ、最初はそのままいってみるのもいい。好きにお飲み」
「せっかくだから最初の一口はそのままいってみようよ」
「わかった。でも一気に飲まないようにね」
「大丈夫。じゃあ、乾杯!」
互いのぐい呑みを軽く掲げる。
まずは縁に唇を付けて湿らせるように口内へ火酒を迎え入れた。
「むっ」
口の中一杯に広がる香りと舌先を刺すような刺激。
「んふー」
鼻から息を吐くとより強く香りを感じることができた。
「……こくり」
ゆっくりと飲み込むと喉が焼けるような感覚がある。
「ああ、うん。これは……なるほど。焼酎だね」
蒸留させてあるので、いつも飲んでいるお酒よりアルコール度数が高い。ただしまだ若くトゲがある。
年を経た泡盛やウィスキーのような角の取れた丸さはない。
「げほっ、ごほっ、ごほっ。な、なにこれ……えふっ、えほっ、えほっ」
「一度にたくさん飲むからだよ。ほら、お水を飲んで」
「んく、んくんく……くはー。はー、はー、びっくりした。口の中が熱くなるし、鼻はツンとするし、喉がカーッと焼けるみたいだったよ。これ、本当に飲んでいいものなの」
「あっはっは。まあ、水蛟様はこの火酒をたっぷりの水で割ってからお飲みになるそうだからねえ。そのまま飲むっていうのはかなり贅沢なお話なのよ」
「そういうことなら先に言ってくれたらいいのにぃ~」
「ここは酒の場なんだ。何事も経験さ。はい、お嬢ちゃんたちの飲み物とつまみだよ」
紅寿と翠寿は果実を絞った水を頼んでいた。それを両手で持ってこくこく飲む。
「……!」
「おいしーです!」
「そりゃよかった。他に注文があったら呼んでおくれ」
「ねぇ、清正君はそのまま飲んでへいきらの?」
「そうだね」
「ふーん。清正君っておさけにつよいんらねぇ」
「そんなことないよ」
ついつい飲み過ぎてへべれけになって家に戻ったことだってある。呆れ返った妹が差し出した水を飲んで一息つくと、「お兄ちゃんお酒臭い!」と言われたものだ。
「そのままでもいいけど、お水を入れて飲むのもよさそうだね」
「はー、そうなんらぁ。れもあらひはせっかくらひ、そのままいっちゃおうっとぉ」
既に澪は出来上がっていた。
「はや! いくらなんでも早いよ!」
「へー? なりがぁ~?」
顔を真っ赤にした澪は座っているのも困難なようで、ふらふらと頭が揺れている。
「大丈夫? ほら、もっとお水飲んで。どんどん飲んで」
「えー、らんれよぉ。あらひはおさけのみはいのにぃ~。ろうへ、ひよまはふんらけのむっていうんれひょぉ~。そんなろずーるーいー」
ダメだった。もうベロベロだ。たった一口でこうなるとは想定外だ。
「あとはもう水だけにしておいた方がいいって。ほら、これ飲んで」
無理やり口元に水の入った湯呑を持っていく。
「ごく、ごく、ごく……ふぃー。あー、おいしい。これ、おしいよね」
「そうだね」
水だけどね。




