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19 お腹が空いたな

「お腹が空いたな。どこかで食事をしようよ。近くにいいお店はありますか」


 江戸時代の木賃宿では薪代を払って自炊しなければならなかったけど、ここは旅籠だから朝夕の食事が付いてくる。

 だけどせっかく見知らぬ土地に来たのだから外で食事を楽しみたかった。


「すぐ近くに房島屋ぼうじまやという食事処があります。そこなら開いているはずです」


「それはよかった。船坂でしか飲めない珍しいお酒があるっていうから楽しみだったんです。紅寿たちも一緒においで。酔っぱらった澪のことは任せたからね」


「ちょっと清正君! それはどういう意味なの!?」


「美味しいお酒を一緒に飲もうって話だよ。みんなで行こう」


「やったぁ! それなら今日の支払いは私が持つよ」


「わかった。支払いはよろしくね」


「こんどは頭巾とらんようにするです!」


「それがいいね」


 ニコニコ笑う翠寿の頭を撫でてあげる。


 偏見や因習は一朝一夕でなくなるものではない。

 面倒を回避する方法があるのならそれを選べばいいのだ。


「主様。はここでお待ちしていようと思います」


「どうして?」


「八鶴様のお話ですと機巧姫は出歩いていないとのことでしたから」


「そっか。うーん……」


 一人残しておいて大丈夫だろうかという考えが頭をよぎる。


「ご安心ください。自分の身を守る術は持っております」


「わかった。一応、これを預けていくよ」


 藤川様から頂いた小太刀を手渡す。


「ありがとうございます」


「じゃあ、悪いんだけど葵は留守番を頼むね。なるべく早く戻ってくるよ」


「ゆっくりしていらしてください」


 頭を下げながら葵は薄く微笑んだ。




 浜田屋から少し行った場所に房島屋はあった。


「赤ちょうちんはやっぱり風情があっていいなあ」


「それわかる」


 暖簾をくぐってお店に入ると、もじゃもじゃ頭の男性がこちらを見た後、手元に視線を落とした。

 他は地味な格好をした女性だけだ。時節柄かお客さんの数は多くない。


「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」


 髪を結いあげた女性に壁際の場所へ案内される。


「珍しいお酒っていうのはどれだろう」


「清正君、あれじゃない。火酒っていうの」


「じゃあ、それを二つ。紅寿たちも飲みたいものがあったら注文してね」


「はい!」


「やっぱり港町なら魚だよね。刺身と煮魚をお願いします」


「他はどうしますか」


「とりあえずそれだけで」


「わかりました」


「火酒ってどんなお酒なのかなぁ。もしかして本当に火がついたりして」


「かもしれないね」


 アルコール度数が高いお酒ならその可能性は十分にある。


「あ、そうだ。お酒を飲む前に水縹の勾玉を見せてもらってもいいかな」


 懐に手を入れて布に包まれているそれを取り出す。


「ありがとう。こうして勾玉だけを見ると、なんだか少し寂しいよね」


「勾玉単体で見るものじゃないだろうしね」


 本来は機巧姫の胸元に埋め込まれているものだ。当然、葵には葵色の勾玉がある。


「濁っているって言われてもよくわからないんだよねぇ。そのせいで機巧姫が動けなくなるっていうのもよくわかんないし」


 揺らめくロウソクの明かりに透かしている。


「そこは専門家にしかわからないものなんじゃないかな。そのために僕たちは須玉匠に会いに行くんでしょ。けど勾玉の濁りってどうやって取るんだろうね」


「お祈りとかじゃないの」


 そんな非科学的なと思ったけれど、この世界では案外それが正解なのかもしれない。


「……?」


 視線を感じたので壁のお品書きを見る振りをして顔を上げる。


「火酒以外のお酒も頼む?」


「あ、いや。とりあえず火酒を試してから考えようか」

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