17 女の子?
「女の子?」
暗闇の中、白い足が浮かび上がっている。
「大丈夫!? 足が痛いの?」
制止する間もなく澪が駆け寄りしゃがみ込む。
「いいえ。鼻緒が切れてしまって……」
小柄な体つきにはあまり似つかわしくない少し掠れた声。
髪は後ろで一つに束ねられているけど雨に濡れて重そうだ。
紺地の上着の背中には白く文様が染め抜かれているから、どこかのお店で働いているのかもしれない。
「鼻緒ね。ちょっと待ってて」
懐から手拭いを取り出した澪は端を噛んで引き裂く。それから細くなった布を紐状によった。
「これでどうかな」
「ありがとうございます。大丈夫のようです。土井八鶴と申します。改めてありがとうございました」
落ち着いた優しい声音でお礼を言って頭を下げると後ろで縛った髪がぴょこんと揺れた。
「いいのよ。ケガがなくてなによりだわ」
八鶴さんの身長は僕より少し低く手足は細い。年齢も変わらないぐらいだろうか。
「僕は不吹清正。彼女が淡渕澪。それから葵、紅寿、翠寿です。八鶴さんはこの町の人ですよね。よかったら宿屋の場所を教えてもらえないでしょうか」
「それでしたら、ぜひうちへお越しください。浜田屋という旅籠で働いているんです」
「それは助かります。町への道がわからない上に急に暗くなって、しかも雨まで降り出して困っていたんですよ」
「この季節は天気が崩れやすいんです。雨も一時的で……ほら、もう止んでます」
「え? あ、本当だ」
さっきまで空を覆っていた雨雲はすっかり姿を消し、空には星が瞬いていた。草むらからは虫たちの合唱も聞こえてくる。
「よかったね、清正く――くちゅん!」
「こちらです。暗いのでお足もとに気を付けてください」
月星の光でさっきまでよりはいくらか歩きやすくなった道を八鶴さんはすいすいと進んでいく。
電灯のない世界の夜はびっくりするほど暗い。
鼻をつまんだ翠寿が僕の手を引いて先を歩いてくれていなければ、一人だけ置いてけぼりになっていただろう。
「不吹様たちはお侍様ですよね。やはり水江島との交易で来られたのですか」
「いいえ。この町の近くで暮らす人に会いに来たんです」
「そうなのですね。先日、水江島から船が来ましたからそちらのご用でいらしたのかと。それで不吹様たちは宿をお捜しだったのですね」
「他の人たちは違うんですか」
「ええ。お侍様は会所で過ごされますから。宿にお泊りになるなんて珍しいなと思ったんです」
「会所?」
「船坂は藤川様の直轄領だから代官がいるの。会所っていうのは代官屋敷のことじゃないかな」
「そんな場所があったんだ。じゃあ、挨拶に行っておくべきかな」
須玉匠の所へ向かう前に代官屋敷に立ち寄るとしよう。挨拶は大事だ。
「ところで水江島から来た船っていうのは沖に停泊していたあれですか」
「はい。珍しいものが水江島からたくさん運ばれてきますからこの時期は人も多くなってにぎやかになるんですけど今はちょっと……」
先を歩く八鶴さんの足が止まり振り返る。
「不躾で申し訳ありません。葵様は人形――機巧姫ですよね?」
「はい」
八鶴さんの問いに葵が応じる。
「やっぱり……」
「船坂にも機巧姫はいると聞きましたが珍しいんですか」
「珍しいと言えば珍しいですね。でも全然見ないというほどではありませんでした。実はこのところ人形が壊される事件が続きまして……」
「その話は聞きました」
「さらうのはまだわかるけど、壊しちゃったら意味がないよね。どういうつもりなんだろ。紀美野さんのときとは違う目的があるのかなぁ」
「違う目的か……あ、そういうことか」
「どういうこと?」
「人形を破壊してしまえば関谷の戦力強化ができないだろ。それを意図してのことじゃないかな」
「それだけのことで機巧姫を破壊するかなぁ。いくらなんでももったいないよ」
澪の言うことももっともだ。確かに壊してしまうのは勿体ない。
だとすると意図は他にあると考えるべきか。
「それに最近は魔物や幽霊が出るなんて話もあって日が暮れると家に閉じこもってしまうんです。そんな話が広まっているせいか町を離れてしまう人もいますし、訪れる人も減ってしまって」
「それがわかっていて八鶴さんは一人で出かけてたの? ダメだよ。危ないよ」
「でも被害にあったのは人形ばかりですし、幽霊なんているはずがありませんし……あ、宿へ急ぎましょう。こちらです」




