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11 助かります

「助かります。わざわざありがとうございました」


「遅くなってしまい申し訳ありませんでした。いつも仕入れているところが生憎お酒を切らしていまして、あちこち駆け回ってようやく満足のいくものを確保できました」


「じー……」


 指を咥えた澪が柄樽を見つめている。


「駄目だよ。これは須玉匠へのお土産なんだから」


「わ、わかってるわよ。清正君は私のことをなんだと思ってるの」


「根っからのお酒好き。その割にお酒に弱くてすぐに酔いつぶれちゃう残念な人」


「うぅ……事実だけに何も言い返せない……」


「ふふふ。お二人は相変わらず仲がよろしいのですね」


 朗らかに微笑む紀美野さんの視線が誰かを探すように動いている。


「不動ですか?」


「え、ああ、いいえ……」


「不動でしたらずっと紅樺の君の修理のために茅葺さんの所に入り浸りなんですよ。修理の目途は立ったみたいですけど、例の数珠でも手伝いをしているので」


「私たちも材料集めを手伝ったけど、結構、大変だったよね」


「大蛇に襲われそうになった時は身が竦んだね。あれは怖かった」


 なるべく大きなヘビの脱皮した皮が必要だという茅葺さんの依頼で山に入ったんだけど、眠っていた蛇の尻尾をうっかり澪が踏んでしまったからさあ大変。


 鎌首を持ち上げた大蛇に睨みつけられた時は死を覚悟したほどだ。


 幸いにもヘビが苦手とするにおいが強いものを葵が撒いてくれて事なきを得たけど、今後は無策で突っ込むのは控えようと心に誓ったものだ。


「あれはまさに蛇ににらまれた蛙でしたね」


 みんなの視線が葵に集まる。

 心なしか葵はドヤ顔だった。


「あとはたくさんの猿に襲われたっていうか、喧嘩になったこともあったよね」


 何もなかったかのように澪が次の話題を振る。


「いや、あれは無断で猿酒さるざけを飲んだ澪が悪かったと思うよ」


 狼の姿になることができる人狼のように猿の姿になれる種族を人猿じんえんという。


 ましらとも呼ばれる彼らもまた人間ではない。八岐の一種族だ。

 怪力でありながら手先が器用で身軽。そして知恵に富む者として知られている。


 元の世界でもサトリといえば人の心を読む妖怪で有名だし、狒々《ひひ》や猿神は人を攫い、人を食らうとも言われる。


「だってすっごくいい匂いがしてたんだから仕方ないじゃない……」


「だからって全部飲んじゃうことはなかったでしょ」


「ううぅ、それはそうなんだけど……あのときは喉が渇いてたし……」


 猿酒は木の窪みに果実などが落ちて自然発酵したお酒のことだ。

 お酒に弱い澪は猿酒を飲んでベロベロに酔っぱらった。


「人猿とは交流があるから交渉は任せておけって言ってたけど、大事にしていた猿酒を全部飲まれたら彼らがキレるのは当たり前だよね?」


「う、ううぅ……ごめんなさい……」


 俯いた澪は反省のポーズをとる。


「人猿の皆さんは顔を真っ赤にしていましたね」


 再びみんなの視線が葵に集まる。

 葵は明らかにドヤ顔をしていた。


 その気まずい沈黙を断ち切るためか、紀美野さんがコホンと一つ咳払いをする。


「近々私が無事だったことを感謝するために小さいながら宴をしたいと父が希望していまして。よろしければ皆さまにもご参加いただきたいのですけれど」


「そんなお気を使っていただく必要はありませんよ」


「本当にささやかなものですから。私の料理ですからたいしたおもてなしはできませんが」


 え? それはご馳走間違いなしなのでは?

 何しろ紀美野さんが笠置屋で提供している料理はどれも美味しいのだ。一口食べて気に入って、それ以後は足繁く通ってしまうほどに。


「私、行きたい」


 澪が手を上げる。

 翠寿も無言で両手と尻尾を上げて賛成のアピールをしていた。可愛い。


「そうですね。ご迷惑でないのなら参加させていただきます。葵もいいよね」


 口元を緩めた葵が無言で頷く。


「不動にも参加できそうか聞いておきます」


「ありがとうございます。腕によりをかけて料理をご用意しますね」


「できたらお酒も……」


 上目遣いで申し訳なさそうに澪が申請したのは、お酒での失敗が多いのを自覚しているためだと思いたい。


「はい。とびきりのものをご用意いたします」


「やった!」


「言っておくけど紅寿も連れてくからね」


 紅寿は翠寿のお姉さんで、澪の身の回りの世話をしている。


「うっ、わかってるわよ。私だってそんな失敗ばかりしてないし……たぶん……」


 自信なさげに語尾が消えていった。

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