06 すごいです、すごいですよ、姫様!
「すごいです、すごいですよ、姫様! あの梅園様に勝ちましたよ! 私は絶対に姫様が勝つと信じていました!」
「ありがとう。あなたの声援はわたくしの耳にも届いていましたよ」
ほの香姫の表情には疲労の色が見えるけど笑顔で五十鈴さんに応じている。
意外と言ってはなんだけど、ほの香姫は操士候補生の中にすっかり溶け込んでいた。
それはほの香姫の人柄も影響しているのは間違いない。目を見張る美人だけど思いのほか話しかけやすい方なのだ。
しかもご自分から気さくに話しかけるから人気が出るのも当たり前だった。
女性陣――五十鈴さん、明見笑さん、若松開華さん、西中羽陽さんたちとは仲がよい。
特に上級武士の娘である五十鈴さんと羽陽さんの入れあげはちょっとすごいというか、下手に男衆がほの香姫に近寄ると視線で殺されかねないほどだ。
でもそれは、ほの香姫を遠巻きにして孤立させるよりはずっといいことだと思う。
一方、梅園さんの所には亀井さんと六地蔵さんが駆け寄っていた。
梅園さん贔屓の亀井さんはわかるとして、六地蔵さんがあちらに向かったのは彼なりの心遣いがあるのだと思う。
若い人が多い候補生の中で最年長の梅園さんに近い年齢の六地蔵さんは心配りが上手な人だった。
氏素性のはっきりしない僕が候補生たちに受け入れられているのも彼のお陰と言っても過言ではない。
勿論、実力主義の世界だから戦果が認められている面もあるんだろうけど。
言葉を二言三言かわすと梅園さんは道場へ向かって歩いていく。
その足取りはしっかりしていて、僕とやった模擬戦の時とは大違いだ。
「清正様!」
ぬっと目の前に美人が現れた。
「ほ、ほの香姫……驚かさないでください」
「驚くよりも先に、ほの香に一言あってもよいのではないですか」
口がへの字になっていた。でも美人なのは変わらない。
「そうですね。おめでとうござい――」
「ありがとうございます!」
食い気味だった。そして手を握られる。そればかりか導かれた先はほの香姫の胸元だ。
「清正様に見られていると思うと、ほの香は緊張して仕方がありませんでした。胸の鼓動は早鐘のようで呼吸も整いませんでした。まさに今のように……おわかりになりますか? こんなにもほの香は緊張をしていたのです。けれど清正様に無様なところを見せるわけにはいかないと心を切り替えたのです。相手は関谷でも手練れと名高い梅園。あの者に勝てなければ清正様のお背中をお守りできないと気力を絞ったのです」
そうはおっしゃいますけど、のっけからノリノリだったと記憶しているんですけどね。
始めの号令がかかるや否や打ちかかったのはほの香姫だったし。そのせいか、かなり好戦的な人物という印象ですよ?
「いかがでしょうか。ほの香は清正様のお背中をお守りできるでしょうか」
「そ、そうですねえ……あ、そうだ。それよりも疲れてはいませんか。僕は機巧武者で動き回った後は立っていられないぐらい疲れ切ってしまうんですけど」
僕から視線を外してほの香姫は考えている。愁いを秘めたようなその表情は蠱惑的ですらある。
「少し頭の奥が痛いのと体が重く感じますけれど、動けないというほどではありません。ですがご心配いただけたのは嬉しく思います。清正様はお優しい方なのですね」
今度は僕の手を自分の頬にあててスリスリしていた。すべらかな感触に思わず喉が鳴る。
「清正様はほの香とは違い機巧武者の姿を解くと大変なのですね。おいたわしいことです。けれどご安心ください。たとえ清正様が動けなくてもわたくしが命にかけてお守りしますから」
「あ、あははは……」
笑って誤魔化しておく。
「機巧武者の姿を解いた後の疲労度はどういう基準になっているんでしょうね。梅園さんも問題なく動けているみたいですし」
僕との模擬戦で意識を失った梅園さんは深藍の君に担ぎ上げられて立ち去ったというのに。
「もしかしたら機巧姫が関係しているのかもしれませんね。清正様がお連れしている葵の君は神代式。人をも超えた存在です。そのようなモノを連れ合いにする機巧操士には相応の負担がかかっているのかもしれません」
「なるほど。それは一理ありそうです」
つまりはゲームにおいて強力なキャラクターほど使うのに制限がかかるシステムとは考えられないだろうか。




