そう言われてもなあ
そう言われてもなあ。
目的もなく動き回るのはできれば避けたい。
何事も計画を立ててから実行し、その結果を検証するべきだ。
「あー、考えてみたら、好きなようにしていいって言われるのって久しぶりかも。仕事だと何かしら制限があったもんな」
自由にゲームを作れることはまずない。何かしら制限が必ずあるからだ。
それは予算であったり、スケジュールであったり、スタッフであったりする。
予算が限られていれば工数がかかる企画は難しいし、短期間で形にしなければならない場合だとシステムを新規に用意せずにありものに手を加えて利用することもある。
それを夢がないと言ってしまってはおしまいだ。
だからゲームクリエイターは制限のある中で最良を目指してゲーム作りをする。
「でもまあ、夢みたいな話だよ。こんな世界にやってこられるなんてさ」
自分が作ったゲームの世界に入り込み、キャラクターと会話ができるなんてクリエイター冥利に尽きると言うものだ。
ここで見たり聞いたり体験したことを現実のゲームに落とし込んでみたい。
そして僕がこの世界で楽しいと感じたことを、ゲームを通じてプレイヤーにも体験してもらいたい。
クリエイター魂が激しく刺激されている。
妥協と惰性に流されて感性が摩耗していくばかりだと思っていた。
でも自分の中にちゃんと残っていたんだな。この熱い気持ちはこれからも大切にしたい。
「ですから夢ではありませんと言っているではないですか。主様は意地悪です」
声の主に視線を向ける。
葵の小さな唇がぷっと突き出されていた。
かわいい。なにこれ、反則だろ。
今までそっち方面に興味なかったんだけど、彼女の表情や態度を再現できるドールがあるのなら真剣に購入を検討してもいいかもしれない。
それぐらい葵の表情は自然で、人間そっくりで、とても人形には見えなかった。
彼女が伸ばした手が僕の胸に触れる。
「何?」
葵は勝ち誇ったような顔をしていた。
本当に人形なのだろうかと思うほどクルクルとよく表情が変わる。
「ほら、こうして触れられるではありませんか。ですから、主様は間違いなくここにいるのです。吾がこうして膝枕をしているのです。決して夢などではありません」
今度はふふんとでも言いたげな自信満々な表情。
こうも自然な様子を見せられると、ゲームのために設定した機巧姫という存在は、僕が思っていた以上に人間に近いものだったのかもしれない。
「そもそも葵はどうしてここにいるの?」
「それは主様がいらっしゃるからです」
機巧姫は主と認めた者と常に共にいるって設定にしたのは僕だ。
ゲーム中に主人公は表示されないから、その代わりに機巧姫を画面に表示しておく理由として考えたネタだったんだけど。
「質問が悪かった。えーと、僕はまず何をすべきなんだろう」
夢なら夢で唐突な展開はあってもいい。
異世界転生モノのお話なら神様の手違いで死んでしまったからその謝罪を兼ねてだとか、ゲームのサービス終了を待っていたらいつの間にかとか、世界を救う力あるものとして召喚をされたとか……いろいろと異世界へやってくる最低限の理由付けがある。
ゲームであればスタート後の定番の流れというものが存在する。
まずはチュートリアルの戦闘だ。
主人公を活躍させ、システムの爽快感を理解してもらいゲームを継続して遊ぼうと思わせる重要なパートとなる。
これは既に経験させてもらった。その意味では満点の導入だったと言っていい。
次は仲間を増やしてパーティを編成させる。
ゲームでは強いキャラがくるまでリセットを繰り返すこともあるけどこの点も問題ない。既に葵の君という頼りになるパートナーがいる。
その次にくるのはキャラクターの強化や成長要素の説明あたりだろうか。
戦闘で経験値を得たり、育成素材を使って成長をしたり。そこはゲームによって異なる部分だ。
そうして遊び方を一通り説明し終えたらメインストーリーを進めるように促すというのがお定まりだ。
つまり、いよいよ物語が始まる。
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