朝靄が立ち込めている
次が最後になります。
活動報告にキャラクターデザインや書籍版冒頭をRPGツクールで再現する企画の開発状況をアップしていますので、よろしければそちらも合わせてご覧ください。
RPGツクール版は近いうちに公開できればと思っています。
朝靄が立ち込めている。
そんな中、翠寿が一人だけ旅立つ準備を終えていた。
彼女には先行してもらうことになっている。
ここからお城までは山を越えなければならないので二日はかかる。でも〈神速〉を持つ翠寿が走れば今日の夕方には到着可能だ。
だから今回の一連の騒動でわかったことを手紙にしたためて翠寿にメッセンジャーをお願いしたわけだ。
「これが手紙だから広幡館長にちゃんと渡すんだよ」
「はい!」
手紙を懐に入れた翠寿は「いってきます!」と元気な声で挨拶をすると走り出す。
そしてあっという間に姿が見えなくなってしまった。
「相変わらず人狼ってすごいなあ」
「とはいっても〈神速〉を使って全力で一日中走り続けられるわけじゃないからね」
澪の体調もすっかりよくなったのか顔色がいい。
その澪の周囲を紅寿が落ち着きのない様子でグルグルと回っている。
「もう大丈夫だよ。心配してくれてありがとうね」
澪が頭を撫でると紅寿は目を細めて尻尾を左右に振っていた。
「なあ、兄貴。背負ってみるから落ちそうにないか見てくれるか。よいしょっと」
後ろに回って麻縄を引っ張ったりしてずり落ちないか確認してみる。
「大丈夫そうだね」
「よっしゃ。というわけで俺の準備はできたぜ」
にっかりと笑う。
「私たちの準備も終わっています」
旅装を整えた中伊さんと紀美野さんが小屋から姿を見せたところだった。
「じゃあ、出発しようか」
※ ※ ※
道中は何事もなく順調だった。
予定通りだけ進み、簡素な小屋で一晩を明かす。
そして翌日のお昼過ぎには城下町に無事到着した。
「親子そろって戻ってこられたのは、すべて皆さまのお陰です。このお礼はいつかまた改めてさせていただきたく思います」
「ありがとうございました」
中伊さん親子は何度も何度も僕たちに頭を下げていた。
「さあ、操心館へ戻ろう」
操心館の門の前に人影が見えた。
こちらの姿に気が付いたのか駆け寄ってくる。
「キヨマサさまー! ミオさまー! コウおねえちゃーん!」
満面の笑みで翠寿が駆けてくる。
「……俺の名前が呼ばれてねえ」
俯く不動の肩を軽く叩いて歩みを速めた。
「ただいま」
満面の笑顔で抱きついてくる翠寿を受け止める。
「おかえりなさい! ヒロハタさまとカヤブキさまがおまちです!」
「わかったよ。教えてくれてありがとう」
旅装を解く間もなく広幡館長の部屋へ向かう。
「よく無事で戻ってきてくださいました」
両手を広げた広幡館長が僕たちを出迎えてくれた。
「手紙は拝見しています。早速、フジカワ様へは報告をしましたが、首謀者を取り逃したのが返す返すも残念です」
「逃げた日影は碧寿という人狼が追跡をしてくれていますから彼女に任せようかと」
広幡館長の愁眉が開く。
「なるほど。彼女であれば大丈夫でしょう」
碧寿のことを広幡館長もご存知のようだ。実は有名な人だったりするのかな。
翠寿は碧寿の名前が出たのが嬉しかったのか尻尾を楽し気に揺らしているけど、心なしか澪と紅寿の表情が暗い。むしろ青ざめている気がする。
「ちょっといいかな」
腕組みをしていた茅葺さんだった。
「すぐにでも関所を固めるべきじゃないかな。奴らは他にも機巧姫を手に入れていたんだろう?」
「他に二体購入したようですね。ちなみに三桜村には隠していませんでした」
これは翠寿たちに確認してもらったからまず間違いない。
「でも今のところ関所から持ち出された形跡はないわけだ」
茅葺さんが広幡館長を見ると、彼は黙って頷いた。
「海路の可能性も考えられなくはないが沖へ出るような船があれば目に付く。そういった報告も入ってない。だとしたら国内にまだ隠してあるか、関所以外を通って持ち出されたことになる。今はそれはいい。いや、よくはないな。裏道が存在するのならそれを確かめておく必要があるし――」
つらつらと見解を述べていた茅葺さんの視線が僕の顔で止まる。
「――お前の考えていることなんかすべてわかっている、とでも言いたげな顔だ」
自分の頬をつるりと撫でる。
「流石にそれは言い過ぎです。でも茅葺さんの考えていることはわかります。怪我をしているのなら困難な山越えをするよりは関所を通る可能性のが高いだろうから、関所の警戒をしっかりすべきだとおっしゃりたいんですよね」
「やっぱりわかってるじゃないか。僕の考えなんてまるっとお見通しってわけか」
「それはさすがに心配しすぎだと思うぜ。操心館からも人を出して関所も砦も厳重に警戒してるんだ。怪しい奴を見逃したりしないって」
「それはどちらかというと関谷国に入ってくる人に対する警戒じゃないかな。関谷国から出ていく人についてはそこまで厳重ではないと思うんだけど……そのあたりはどうなんです?」
茅葺さんの問いかけに館長が口を開く。
「そもそも無断で機巧姫を国から持ち出すことは固く禁じられていますから、出ていくすべての荷物はしっかりとあらためています。そこは問題ないでしょう」
人形が歩いて関所を超えようとしても動きを見れば一発でバレてしまう。
だから人形を持ち出すのならば荷物に紛れ込ませるのが可能性は高いそうだ。
「人についてはどうですか?」
続けて茅葺さんが問う。
「特に厳しく取り締まっているわけではありませんね。ですが狼藉者をみすみす逃がすことはできません。それは我が国の沽券にかかわる問題です」
「広幡館長のおっしゃる通りです。だから追跡を碧寿に任せてあるわけですしね。彼女が日影を捕らえられればそれでよし。茅葺さんの懸念ももっともなことですがここは大騒ぎをせず、隻腕の者がいれば足止めをするようにしてもらうぐらいでいいかと」
「ちょっと消極的な気が……ああ、そうか、わかったぞ。関谷から出ていくすべての者を厳重に警戒していれば内部で何か起きたのだというのが外に知られてしまう。だからそれを避けたいってことだな」
「外に知られたら何か問題があるんですか?」
首をかしげている澪に茅葺さんが説明してくれる。
「仮に潜入させた者からの連絡が途絶えた場合、それが相手の手に落ちたためなのか、それとも途中で行き倒れたのかの判断はつかないだろう? たとえ腕利きの機巧操士でも街道を外れて魔物が出るような深い山を超えるのは難しい。大怪我をしているのならなおさらだ」
「そうですね。特に私の領地のあたりはよく出ますし」
「ここで人形の持ち出しに加えて人の出入りまで厳しくすると、相手は自分たちの目論見が露見したのだと推測できてしまう。そうなると次の手を打ってくる可能性が高い。だったら曖昧なままにしておいた方が都合がいいってこと。空城の計……とは違うか。あえて日常を演出してみせることで相手の次の手を打ちにくくさせようってわけだね」
「へぇ、兄貴たちはいろいろと考えてるんだな。俺にはさっぱり思いつかないぜ」
不動は屈託なく笑う。
いや、少しぐらいは考えた方がいいと思うよ。
広幡館長は手で顎をこすりながら考えをまとめているようだった。
「わかりました。露骨にならないように警戒を続けるよう連絡を出しておきましょう。ヘキジュが賊を捕らえてくれるのが一番なのですがね」
「よし、話はこれでいいね。というわけで――」
パンと両手を合わせた茅葺さんがずんずんと足音を高く鳴らして迫ってくる。
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