そういえば日影はどうなったの
活動報告にキャラクターデザインや書籍版冒頭をRPGツクールで再現する企画の開発状況をアップしていますので、よろしければそちらも合わせてご覧ください。
RPGツクール版は近いうちに公開できればと思っています。
「そういえば日影はどうなったの。首領っぽかった宿曜のあいつ」
出会ったばかりの紅樺の君と共感して機巧武者になった男。
可能ならどういう原理で機巧武者になったのかを聞き出したい。
あの技術はきっとこれからの関谷に必要になるものだ。
あっと短く叫んだかと思うと露骨に不動の挙動が怪しくなる。
見れば紅寿と翠寿もバツが悪そうに俯いていた。
「じ、実はその…………」
ぼそぼそと口の中で言われてもわからない。
「ごめん、聞こえなかった」
「……逃げられた」
「へえ。あの状態でよく動けたな」
機巧武者の姿をとっている時に負ったダメージはある程度まで機巧姫が受け持ってくれるけど機巧操士にも相応の負担はある。
かなりの損傷を受けた青藤の君の操士がまだ回復しきっていないように。
しかも機巧武者になった後はかなり疲労する。僕なんていまだに動くことすらままならないんだし。
「すまない、兄貴。ナカイさんを安全な場所に移して戻った時には誰もいなかったんだ」
「あたしとコウおねーちゃんもヘトヘトで気がつかなくて……ごめんなさい」
「……」
三人が僕に頭を下げている。
「気にしないで。不動は事前の打ち合わせ通り中伊さんの無事を最優先したんだし、紅寿と翠寿は鶯色の機巧武を足止めして貴重な時間を稼いでくれたんだ。こっちの方がお礼を言わないといけないぐらいだよ」
それぞれが必要な行動をとった結果のことなんだから誰も責められない。
むしろ事前に決めておいた優先事項をすべてクリアできたのだから誇るべき結果だ。
「不動の話しぶりだと紅樺の君はその場に残されていたってことなのかな」
「ああ。ボロボロで連れていく価値がないと判断したのか、自分が逃げるので精一杯だったのかまではわからないけどな」
「その紅樺の君を不動が引き取りたいわけか。鶯色は岩戸と一緒に底なし沼へ沈んでいったんだけど、あっちはどう?」
澪がお椀を置いて答えてくれる。
「あれを引っ張り出すのは無理だと思うな。下手をすれば自分たちが沼にハマって抜け出せなくなるだろうし」
それなら諦めるしかない。
いつかどこかで別の鶯色の君に出会えるのに期待しよう。
「そういえば紀美野さんを監禁していた奴から何か聞き出せた?」
「ああ。初見の機巧姫と連れ合いになる方法とかな」
マジか!
それはかなり重要な情報だぞ。不動が紅樺の君を求めたのも納得だ。
「宿曜の奴の左手が残っててさ。そいつが身に着けていたものなんだけど」
不動が懐から取り出したのは数珠のような形をしていた。
たくさんの石が糸で繋がれている。ただし珠の色は多種多様でかなり派手だ。
「なんでもこれを持っていると機巧姫と連れ合いになれるんだってさ。こいつを使えば俺もきっと……きっと!」
顔が紅潮している。
事実ならその興奮もわからなくはない。
「ちょっと信じがたいけど実際に目の前で見てるからなあ。中伊さんはどう思います?」
「そちらを拝見しても? ありがとうございます。青藍、紅柑子、鬱金色、鶸萌黄、中紅、黄橡、撫子色……いくつか見たことのない色もありますね。どれも濁りなく澄んだ色をしています。よい品質の石ですがこの大きさでは人形雛にも使えないでしょう。これがあれば機巧姫と連れ合いになれるというのはにわかには信じられませんが……」
勾玉用の石を扱う専門家でも原理はわからないのか。
「これは茅葺さんに見てもらおう。研究の助けになるかもしれないし」
上手くいけば機巧操士不足という問題が解決する可能性だってある。
「それで紅樺の君は不動がもらってしまっても構いませんか?」
「勿論ですとも。本来、機巧姫はお武家様と共にあるもの。商人である私が持つなど分不相応ですよ。それに私に必要なものはもうありますから」
「お父さん……」
紀美野さんの手が中伊さんの手に重ねられた。無事に取り戻せて本当によかった。
「じゃあ、紅樺の君も茅葺さんに預けよう。修理については僕たちもできる限り手伝うってことで不動もいいかな」
「やっぱりそれが一番だよな。反対はしないぜ!」
「数珠のこと以外に何か聞き出せた?」
「いいや。残念だけどそれだけだ」
「そっか。それじゃあ、そいつも城まで連れて行って藤川様に今回の顛末を報告をしよう」
「それが……もう無理なんだ。そいつ自害したらしくてさ」
「……そうなんだ」
これ以上の情報を漏らすことを避けるために自害したのかな。
でもそれならどうして数珠の情報を口にしたんだろう。話す気がないなら黙って自害するような気がするんだけど。
「俺も犬っ子たちの姉貴から聞いただけだから。あ、そうそう。そのヘキジュから伝言があるんだ。ヒカゲの追跡は任せてほしいってさ。領内で不埒な振る舞いをした輩に逃げられたとあっては末代までの恥だからっておっかない顔で言ってた。あと姉貴によろしくって言ってたぞ」
お椀で隠れていて澪の表情はわからなかった。
「そうなんだ。ゆっくり話がしたかったけど仕方ないよね。お礼はまたの機会にするよ」
すれ違いばかりでまだ会えていないのが残念だ。
紅寿や翠寿のお姉さんならさぞや優秀な人狼なのだろう。
「ヘキおねーちゃんなら安心です! だってとってもつよいから! 人狼の里でもいちばんつよかったです!」
「あれはかなりの使い手だぜ。あの人なら鬼の長と正面から戦っても簡単には負けないだろうな。人狼だから力押しだけじゃないだろうし。俺なら手玉に取られるだけだと思う」
不動の口ぶりからすると碧寿と手合わせを希望しなかったようだ。
鬼の長とやりあっても簡単に負けそうにないってことは相当の使い手なのだろう。
人狼は追跡能力に優れているし、吉報を待たせてもらうとしようか。
「そういえばキヨマサ君はもう大丈夫なの? 痛いとか苦しいところってない?」
「うん。澪のお陰だよ。ありがとう」
「そっか。じゃあ、もう一晩泊って明日出発しようよ。私、お腹がいっぱいになったらまた眠くなってきちゃった……ふああぁ」
言いながら小さく欠伸をする。
それが移ったのか僕も欠伸が出た。
「ごめん、僕も休むよ。後のことは任せてもいいかな」
「ああ、任せとけ。明日の朝に出発できるように準備はしておくぜ」
体を横にすると葵が当然と言わんばかりに枕元に座る。
「どうかした?」
「膝枕はいかがしますか」
食事の後片付けとかをしているみんなが背中で僕たちの会話を聞いている。
「大丈夫、必要ないよ。葵も休んでおいて」
「承知しました。ゆっくりお休みください」
挨拶に頷いて背中を向ける。
なんだか居たたまれない気持ちになった。
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