クツクツという音
活動報告にキャラクターデザインや書籍版冒頭をRPGツクールで再現する企画の開発状況をアップしていますので、よろしければそちらも合わせてご覧ください。
RPGツクール版は年あけごろに公開になると思います。
クツクツという音。鼻腔をくすぐる匂い。
それにつられるように意識が覚醒した。
ぐぅ~と盛大にお腹の虫が鳴く。
「あ、おきましたか?」
顔を覗き込んだのは翠寿だった。
「いま、ごはんをつくっているです!」
「……朝ごはんかな?」
フルフルと翠寿が首を横に振る。
「おゆーはんです!」
「そっか。すごくいい匂いがするね」
笑顔の翠寿がくんくんと鼻を鳴らす。
「とってもおいしそうです! もうちょっとでできるです?」
顔を上げた翠寿が誰かに尋ねる。
「そうですね。でもフブキ様は体調のこともありますから別にご用意しますね」
体を起こそうとすると誰かが背中を支えてくれた。
「ありがとう」
「いいえ」
葵はそのまま体を寄せて座らせてくれた。
促してくれたので少しだけ体重を預ける。
狭くて粗末な小屋だった。六畳ぐらいだろうか。
部屋の中央に囲炉裏があって大きな鍋が火にかけられている。
料理をしているのは紀美野さんだ。
「いい匂い。お腹すいちゃったよ」
「主様はずっと眠り続けていましたから仕方がないことかと」
「ここはどこなのかな」
「三桜村にある小屋の一つです。住んでいた方は他に移ってしまいましたから勝手に使わせてもらっています」
新しいところできちんと生活できているといいんだけど。
「よほど慌てて出て行かれたんですね。保存食が残っていましたから拝借しました。一応、アワブチ様の許可はいただいてはいますけど。ん、おいし」
お鍋をかき混ぜていた紀美野さんが満足そうに頷く。
「どうかしら、お父さん」
「ずず……うん、美味い。母さんの味だな」
隣に座った中伊さんの顔には精気が戻っていた。
初めて出会った時と同じ、年相応で温和な父親の顔をしている。
味見に使ったお椀を置いた中伊さんが居住まいを正してこちらを向く。
「この度はありがとうございました。娘が無事に戻ったのは貴方様のお陰です。なんとお礼を申し上げればよいか。本当に、本当にありがとうございます」
「私からもありがとうございました。この御恩は一生忘れません」
そう言って二人が深々と頭を下げる。
「頭を上げてくださいよ。とにかく無事でよかったです」
そういえば澪はどこだろう。それに不動の姿も見えない。
部屋を見渡すと隅の方に横になっている人がいた。
その隣にはまるで見張り番でもしているように片膝を立てた紅寿が座っている。
紅寿と視線が合ったと思ったら、すっと逸らされてしまった。
悲しくなるのでそういう反応はやめていただけないでしょうか。
「ミオさまはずっとキヨマサさまをかんびょーしてたので、ねかせてあげてください」
「主様の容体が落ち着くまではと、ひと時も休まずに看病をしてくださいましたから」
壁に向かって寝ていた澪が寝がえりをうつ。
座っていた紅寿の体が瞬時に反応して顔を覗き込むけど澪は眠り続けていた。
「起きたら改めてお礼を言っておくよ。あ、そうだ。葵にもお礼を言わせて。葵がいてくれたからあいつらに勝てたよ。ありがとう」
「いいえ。主様の連れ合いとして当然のことをしただけです」
背中を支えてくれている手にわずかに力が込められたのがわかった。
「翠寿と紅寿もありがとね。僕が寒がっていたから温めてくれたんでしょ」
「はい! さむくなかったですか?」
「すごく温かかったよ。おかげでほら。もう治っちゃったし」
「えへへー」
照れたように翠寿はほっぺを赤らめる。尻尾は勢いよく左右に振られていた。
「元気になってくれてよかったです!」
「紅寿もありがとう」
ちらっとこちらを見てから視線は眠り続ける澪に向けられる。
お礼なら澪に言って欲しいと言いたげだ。
「澪が起きたらちゃんとお礼は言うってば。ところで不動はどこにいるの?」
「ヘキおねーちゃんとおでかけしてるです!」
「その人と不動がまたなんで一緒に」
碧寿という人は相当強いという話だったから、手合わせを希望しているなんてことがないといいんだけど。
「あの者たちの仲間から情報を聞き出すために尋問をしています」
紀美野さんを助ける時に澪と紅寿が捕まえた奴か。
できたら尋問に同席したかったけど、まだしばらく動けそうにない。
何か情報が得られたらいいんだけど。
そういえば沼に沈んでいった岩戸はいいとして、日影はどうなったんだろう。
そっちも捕まえてくれたのだろうか。
「これでいいかな。スイジュちゃん、悪いんですけど二人を呼んできてもらえますか。食事の用意ができましたって」
「はい!」
大きな声で返事をした翠寿は小屋から飛び出していく。
「元気でいい子ですね。私、八岐の人たちってもっと怖いのかと思っていました」
ゆっくりと揺れていた紅寿の尻尾の動きが止まる。
「オオヒラ様もなにかと気を配ってくださいましたし、コウジュちゃんは周囲にまだ敵が残っているかもしれないからって見回りをしてくれたり。それにアワブチ様には父の怪我を癒していただいて」
バツが悪そうな顔をした中伊さんが頭をかく。
「藪に頭から突っ込んでしまった時にすり傷を少し。たいした怪我でもないですと遠慮したのですがアワブチ様が癒してくださいました。聞いてはいましたが八岐の技能というのはすごいものですね」
「澪のことだからひと騒ぎあったんじゃないですか」
疲れ切って葵に膝枕をしてもらっていた僕にだってそうだったんだから。
「ええ。すっごく慌てていらっしゃいました」
その時の光景が目に浮かぶようだ。
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