あまり奥までいかないでね
活動報告にキャラクターデザインや書籍版冒頭をRPGツクールで再現するゲーム企画の開発状況をアップしていますので、よろしければそちらも合わせてご覧ください。
「あまり奥までいかないでね。ここは動物だってめったに近寄らない場所なんだから」
今はただ吹き渡る風に草が揺れているだけだ。
「ごほっ、ごほ、ごほ……」
眩暈がする。それに足元が覚束ない。
大きく息を吸い込んで、それからゆっくりと吐き出した。
土の匂いを感じる気がした。
ケモノにまたがったままの澪が近づいてきて機巧武者の足に触れる。
「二人は……大丈夫かな」
ぜえぜえとうるさいと思ったら自分の呼吸音だった。
ちっとも落ち着いてくれない。
「コウジュたちには時間稼ぎをしてもらっただけで、危なくなったら必ず逃げるように言ってあるから。だからきっと大丈夫だよ」
それでも危険な役目を負わせてしまった。
僕がもう少し上手く立ち回ることができていたら彼女たちにそんなことをさせずに済んだのに。
背後から大きな足音が迫りつつある。
「あとは……お願い」
「澪たちは安全な場所まで離れていて。あ、そうだった。見えないかもしれないけど、お腹を槍で刺されてちょっと痛むんだ。だからこれが終わったら澪の能力で癒してくれると嬉しいな」
澪の顔が歪む。
「わかった。約束する。だからキヨマサ君も約束して。絶対に死なないって」
既にかなりのダメージを負っているし体力的にも厳しい。
しかも相手の方が戦い慣れている。
だからその約束を果たすのは難しいかもしれない。
『大丈夫です。主様は吾がお守りしますから。約束してください』
「……約束する。澪の領地で造ってるお酒もご馳走してもらうことになってるしね」
澪を乗せたケモノが跳躍して少し離れた場所に位置取った。
「見つけたぞッ」
耳障りな錆び付いた声に振り返る。
淡い桜色をした花をつけている木の間から鶯色の機巧武者が姿を現した。
「広い場所ならば勝機が見つかるとでも思ったか」
「ここなら誰も暮らしていないからな。さっきみたいな場所で暴れたら村人の迷惑になるだろう」
三桜村の生き残りはすでに別の村に移り住んでいるけど、あそこが彼らの故郷であったことには変わりがない。
いずれ戻れる日が来るのかもしれないのだから荒らしていいわけがない。
「くくくッ。あの村に住人など一人もおらんぞ。事前に整理しておいたからな」
「……そうか。なるほどね」
さっきまでうるさかった自分の呼吸音が遠くなった。
あれこれ考えてしまってまとまらなかった思考が収束していく。
三桜村を襲ったのがこいつらの仲間だったのか。
巨大な槍に体を貫かれた人。足をもがれた人。首をはねられた人。苦悶の表情と絶命の声が蘇る。
「許さない……」
「なんのことだ」
「三桜村の人たちを無残に殺したことを許さないと言ったんだ!」
踝のあたりまで埋まりつつあった足を抜き、腰を落とす。
重心は後ろ目でややバランスは悪い。
顔の高さに上げた刀を構える。刃は地面と水平に。切っ先は相手に向ける。
彼我の距離は三〇メートルほど。
この距離なら〈縮地〉は一瞬で詰める。
「面白い。やってみせるがいいッ」
地面が蹴られ湿った土が舞い上がる。
槍を左前に構えた機巧武者の姿が掻き消えた。
「よっと」
上体を後ろに倒す。
最初から後ろに体重をかけてあったから転がるのは容易い。
仰向けになった視界内に鶯色の機巧武者が入る。
「はっ」
眼前を通り過ぎようとする相手の腹を蹴る。オーバーヘッドキックの要領だ。
突進の勢いと僕の蹴りによって鶯色の機巧武者はかなりの距離を飛ぶ。
「この程度、毛ほども感じんぞォ」
空中で姿勢を変えて見事に両足で着地をする。
ズブリという鈍い水音。
「むッ!?」
鶯色の機巧武者は太ももまで地面に埋まっていた。
「な、なんだこれは!? どうなっている!」
仰向けだった僕も上体を起こす。
「知らなかったのか? ここは泥炭地なんだよ」
「な、なんだそれは!?」
そう言っている間にも鶯色の機巧武者は腰まで沈みこんでいた。
「なんだこれは……抜け出せんッ」
両手を地面について下半身を抜こうとしても、逆に腕が埋まっていくばかりだ。
「お前が今いる場所は底なし沼なのさ」
「なッ!? まさか……まさかァァァ!」
ここは枯れた植物が十分に分解されずに堆積したために地盤が緩く、底なし沼のような状態になっている。
澪によると、うっかりこの場所に足を踏み入れた大型の動物が頭まで埋まってしまったという話も残っているそうだ。
「ば、馬鹿な……こんなことが……ああああァァ!」
既に胸まで埋まっている。あれでは身動きすらとれない。
「こんなことで……こんなことでェェェ」
「最後まで見届けてやる。お前はそのまま地獄の底まで沈んでいけ」
「くそォォ! くそォォォォ……ッ」
上半身のバネだけで放たれた槍をわずかに上体をそらしてかわす。
「おのれ……おのれおのれおのれおのれェェェ……! その顔、決して忘れぬぞォォ……」
肩が埋まり、面頬が泥に浸かる。
声が出せなくなると鍍金鍬形の立物もすぐに見えなくなった。
「終わっ……た」
膝から力が抜けて崩れ落ちる。
鎧姿を維持することもできそうにない。
誰かの声が聞こえるけどなんと言っているかはわからない。
「キヨマサ君!」
僕は意識を手放した。
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