きゃうん
活動報告にキャラクターデザインや書籍版冒頭をRPGツクールで再現するゲーム企画の開発状況をアップしていますので、よろしければそちらも合わせてご覧ください。
「きゃうん」
「翠寿!」
「あ、あれ? どうなってるの? キヨマサさまー!」
翠寿の周りに透明な壁があるみたいだった。
空間に閉じ込められてそこから出られないようだ。
「そいつを持っていかれちゃあせっかくの計画が台無しなんでさ。苦労してようやく手に入れた機巧姫なんでねェ」
「翠寿に何をした!」
懐から出した苦無を手にした翠寿は何もない空間に刃を立てている。
「人狼のお嬢ちゃんには何もしてませんぜ。そいつは〈護法円〉っていう結界でさァ。水蛟の雷にだって耐えられる優れものでしてね。ただし内側から解除は不可能って代物で、こうやって相手の分断に使うこともできるんで」
どうする。
日影の言う通りなら攻撃を加えても結界を解除するのは難しい。
まずは葵と力を合わせて岩戸を倒し、それから日影をなんとかするか。
いや、宿曜は厄介だと澪も言っていた。他にどんな術を持っているかもわからない。
術の援護があれば岩戸を倒すのに時間がかかる。
それなら機巧姫を諦めて――
「おっさん、俺に掴まれ!」
逡巡していたわずかな時間に不動が中伊さんの元にたどり着く。
ラグビーのタックルのように中伊さんの腰を捕まえ肩に担ぎ上げてそのまま走る。
森に入り込んでしまえば追跡は容易ではない。
澪からこの辺りの地形について説明を受けているアドバンテージもある。
「おっと。思い通りにいくと思ってもらっちゃァ困りますねェ」
「不動、気をつけろ!」
日影が懐から何かを取り出すと不動へ向かって放った。
「おわ!?」
何もないところで不動が転ぶ。
いや、何かはあった。
不動の足に木の根が絡まっている。
「ぎゃあぁ!」
不動の肩から転がり落ちた中伊さんは草むらに顔から突っ込んでいた。
「なんだこりゃ!? くそっ、くそ! 千切れねぇぇぇ」
「そこで大人しくしていてくだせェ。悪いようにはしませんから」
再び日影が不動へ向けて札をかざすと地面がうねり、地中からいくつもの太い木の根が飛び出す。
根は転がったままの不動を絡めとってしまった。
「不動っ!」
目に見えて不動の体が膨らむ。
渾身の力を込めて戒めをほどこうとしている。
「うおおおおおおお――!」
絡みついた根が弾ける。
しかし次から次へと根が伸びて束縛から抜け出せない。
「くっそぉぉぉぉ!」
「まったく、これだから鬼ってやつァ。無駄に足掻きなさんなって。悪いようにはしないと言ってるじゃァねェですかい」
人差し指と中指を伸ばした剣印を結んだ手で不動を指差しながら日影がこちらへ近づいてくる。
「兄さん、あんたも動かないでくだせェ。考えてもみてくださいや。〈護法円〉の中にいる限り人狼のお嬢ちゃんは誰よりも安全だし、鬼の兄ちゃんも暴れなければ命を取るつもりはありやせん。ここはお互いに冷静になりましょうや」
言いながら一体の機巧姫を肩に、もう一体を脇に抱えジリジリと後退する。
剣印は不動を差したままだ。
「こいつで四体目。首尾は上々ってところですかねェ」
「……やはり機巧姫を買い漁っていたのはお前たちだったのか」
「左様で。関谷産の機巧姫は出来がいい。こんな上物はそうそう手に入るものじゃありやせん。最後は思わぬ手間がかかりましたが一度に二体も手に入れられたんですからよしとします。おっと、このままお別れしましょうや。無駄な血を流す必要もねェでしょう」
「兄貴、そいつを絶対に逃がすな! くそっ、このぉぉ。なんで千切れねぇんだ!」
日影のあの仕草がブラフでなければ集中を乱すことで不動は自由を取り戻せるかもしれない。
でも仮にそれが上手くいったとしても次の手が読めない。
今度は命の危険がある術を使われることもある以上、下手に手を出せなかった。
「いくら鬼が怪力だからってその根を簡単に引き千切ることはできないでしょうよ。事を荒立てるつもりはねェんです。もうしばらく大人しくしていてくだせェ」
このまま日影の撤退を見送れば全員の命は無事かもしれない。
他国に機巧姫が持ち出されてしまうことに目をつむればベターな結果だと言える。
もし僕が機巧武者になれば状況をひっくり返すことは可能だ。
何しろ日影が抱えている機巧姫に連れ合いはいない。
機巧武者に抵抗できるのは機巧武者だけだから、彼らを倒し、連れ去られようとしている機巧姫を取り戻すことだって容易だ。
でもだからこそ、それはできない。
彼らもそれがわかっているから僕と葵の位置関係を調整している。
葵が岩戸と対峙している時点で向こうの思惑通りに事が進んでいるのだと考えるべきだ。
「それではつまらん」
ビュンビュンと風を切る音。
頭上に掲げた三メートルはある槍を岩戸が振り回す。
「くっ」
葵は距離を取る。
その動きを妨げずに岩戸は槍を振り回し続ける。
「全員始末する。そう言ったはずだ」
槍を回転させながら歩を進める。
葵が更に下がった。
「かかってこないのか。逃げ回るだけか。俺を楽しませろォ」
時折伸びてくる槍をかわしながら葵がこちらへ近づいてくる。
これはチャンスだ。
葵と接触できれば機巧武者になれる。
「一斉にかかってきても構わんぞ。ああ、それがいい。それなら俺も本気を出せるというものだ。ヒカゲ、人狼と鬼も解放しろ」
「そんなことできるはずがねェでしょ。あと、そいつらを引き離しておいてくださいや。機巧武者を相手になんてしたくありやせんぜ」
「それも面白いな。いっそのことやらせてみるか」
「だからやめてくれと言っているじゃァないですかい」
面白くなさそうに岩戸は口をへの字にした。
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