そもそも彼女はヒトではない
20191003改稿。
そもそも彼女はヒトではない。
彼女は人ならぬモノ。
人工的に生み出された存在。魂の色が同じ者の力を借り、強大な人型兵器――機巧武者となることができる人外の化生。石や木や糸や布や様々なものを駆使して組み上げられる創造物だ。
機巧姫はその体に特定の色の勾玉を必ず持っている。
勾玉の色は彼女たちの魂の色であり、同じ色の髪をしている。
そしてその色の名称で呼ばれるのが習わしだ。
「まるで本物の人間みたいだ……」
そうつぶやくと彼女の口元が優しく緩んだのがわかった。
自然な表情、違和感のない仕草。
とても人形とは思えない。
「ええ。吾は――機巧姫たちはそう創られましたから」
彼女の繊手が僕の頬に触れた。
ゆっくりと形を確かめるように動く。滑らかな動き。指の感触。作り物には見えない。
「吾の手はあたたかいでしょう?」
「いや、どっちかというと冷たいかな」
「……まあ。それは申し訳ありません」
本当に申し訳なさそうな声音だった。とても作り物が発しているとは思えない。
「あー、いや、女性の指先は冷たいものって言うしさ。むしろこの方が自然というか正しいというか……とにかく、君が謝るようなことじゃない」
「……ありがとうございます」
少し間があった。
「どうかした?」
「……君だなんてそんな寂しい呼び方をしないでください。吾にはれっきとした銘があるのですから」
名前ではなく、銘なのか。
「葵色の勾玉を持つから葵の君なんだよね。だったら……葵って呼んでも?」
「はい」
深く満足したような返事に、心の中で僕はそっとため息をついた。
「機巧姫、ねえ」
思わず口の端が曲がる。
「何の因果なんだか……まったく…………はは」
その言葉を知っているなんてものじゃない。誰よりもよく理解している。
だって僕が作ったゲームの用語なんだから。
『カラクリノヒメ』は僕――不吹清正が企画、ディレクションをしたタイトルだ。
その中に機巧姫や機巧武者という用語が出てくる。
つまりだ。
今、僕に膝枕をしてくれている彼女は、僕が作ったゲームの設定通りであれば人間ではないということになる。
人間ではないとはとても信じられない。
だって頭の下に感じる柔らかさは人形のそれではないんだから。
それにさっきから僕の髪を手櫛で整えている指先だってぬくもりがある。
思い返してみれば、さっきの戦いだって荒唐無稽と言えばその通りだ。
現実世界で巨大ロボットが稼働しているなんていうニュースは流れていないのだから。
五メートル近い巨大な鎧姿になって戦う。
たしかにゲームにそういうシステムはある。
ゲージがたまったところで必殺技的に機巧武者という巨大なユニットが登場して大ダメージを与えるという演出だ。
それをまさか自分がああいう形で体験をするとは思ってもみなかった。
だからきっと、これは夢だ。
ただ戦いの爽快感については素晴らしいの一言だった。
どんなVRゲームでもあれには及ばない。
文句なし。あの無双感、爽快感は最高の体験だった。
数的不利があったにもかかわらずの完勝。
しかも相手は対人戦闘で有利な槍を持っていて、こちらは素手だったのだ。
普通なら数の多い方が勝つ。ランチェスターの法則によるまでもない。袋叩きにあってボコボコにされるのがオチだ。
だが結果は違った。
僕が勝った。
それも圧勝だ。こっちは傷一つ負っていない。
戦闘だ。命を懸けた戦いだ。
現代日本においてまずありえないであろうシチュエーションだった。
下手したら命を失いかねなかったというのに、まったくそんな心配はなかった。ピンチのピの字すら感じなかった。
思うままに体を動かしただけで武術の達人のように敵をわずかな時間で倒した。結果を見ればそれだけだ。
僕自身は武道の心得なんてものは持ち合わせていないので、彼女が優れた機巧姫だったのだと思う。
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