不吹清正はゲームクリエイターである
20191001改稿。
順次、改稿していきます。
書籍版とは描写などが異なる予定です。
不吹清正はゲームクリエイターである。
改造人間ではないし、世界制覇を企んでもいないし、秘密結社で働いてもいない。そして人間の自由のために戦う予定もない。
もっとも、ゲームの中では改造人間どころか提督になったり、隊長になったり、司令官になったりするし、侵略者を撃退したり、悪の野望を阻止したり、ハーレムを作るために女の子を集めることに勤しんだり、そのためには銃や剣や魔法なんかで戦うのは日常茶飯事だ。
それはさておき。
一言にゲームクリエイターといってもいろいろな職種があるが、僕の肩書きはプランナー兼ディレクターである。
ゲームの企画を考え、仕様や方向性を決め、ゲームを完成させる人だと思ってもらえばいい。
アシスタントディレクターとして二本、メインディレクターとして二本やらせてもらった。
今やっているのが三本目だ。幸い好スタートを切らせてもらっている。
高校時代にアルバイトのデバッガーから始めて業界歴は十年になる。
二十六歳にしてはそこそこ長いと言えるかもしれない。
この業界では「会社に就職したのではない。ゲーム業界に就職したのだ」なんて言う人もいる。
毎年のように所属する会社は変わるけど、やっていることはずっとゲーム関係の仕事ばかり。
だから「一つの会社に就職したのではなく、ゲーム業界に就職したのだ」と嘯くわけだ。
まあ、そんな考え方も悪くはないかなと思う。
もともとゲーム開発に興味があったし、ゲームで遊ぶのも好きだ。毎月一万円まではゲームに課金をしていいという自分縛りで楽しんでいる。
ただゲーム業界に入ると、どうしても視点がクリエイター寄りになってしまう。
だから純粋にプレイヤーとしてゲームを楽しむことは難しい。
そういう事情もあるので、妹に市場調査のアルバイトを個人的に依頼している。毎月一万円までの課金を肩代わりするのがアルバイト代だ。
純粋なプレイヤーである妹からの意見はゲームクリエイターになってしまった僕からするとなかなか貴重で、いつも参考にさせてもらっている。
今の僕の仕事や生活環境はかなり恵まれていると思う。
仕事仲間も気のいい人が多いし、お金もそれなりにもらえている。
もう少し休みが欲しいとは思うけど、それは贅沢な話なのかもしれない。
「お兄ちゃんって彼女いないの? 服のセンスはあんまりないけど清潔感はあるし、いろんなこと知ってるし、顔もそんなに悪くないし、話だって面白いのに」
そんないらぬ世話を焼いてくれる妹と二人暮らしをしている。
十年前に両親は交通事故で亡くなった。
二人で十年生きてきた。
大変なこともあったけど、なんとか無事にやっている。
きっと妹がいてくれたおかげだ。僕一人では途中で人生を投げ出していた。
僕には一つ決めていることがある。
お兄ちゃんは妹が結婚するまで仕事一筋に生きるのだ。
脇目も振らず働いて、これまで他人より苦労をしてきた妹が幸せな生活をできるように妹のための結婚資金を貯めるのだ。
そんな密かな僕の決意を、おそらく妹は知っている。
「だからお兄ちゃんって彼女ができないんだよ」
そんなことを訳知り顔で言われたりするけど、悔しくなんかない。
本当だ。悔しくなんてないんだからねっ。
……さて。
今、僕が関わっているゲームの話をしよう。
僕がディレクターを担当した作品としては三作目となる。
タイトルは『カラクリノヒメ』というソーシャルアプリだ。
機巧姫――それは人の手によって生み出された人形である。
優れた機巧姫は人のように笑い、人のように振る舞い、そして魂の色を同じくする操り手、機巧操士によって戦場の決戦兵器、機巧武者となって戦う。
戦乱の火が燻り続けるこの世界では多くの勢力が対立しており、いまだ天下の行く末は定まっていなかった。それぞれの思惑が絡み合い、機巧姫を揃え、いつ大戦が始まってもいいように水面下で準備を進めている。
「君は、戦って生き残らなければならない」
とある小国にて一人の機巧姫と主人公は出会い、戦乱に終止符を打つべく立ち上がった……。
そんなストーリー設定を持つ、ありふれたロールプレイングゲームである。
この企画を立て、コンセプトを決め、ゲームの制作を指揮したのが僕だ。
システムに特別な要素はない。オーソドックスなRPGだと思ってもらえばいい。
ストーリーを進めて行くと仲間が加わったり行ける場所が広がり、パーティーの数が増えたり、探索をして資源を集めたり、アイテムを強化したり、仲間をスカウトしたり、機巧姫を作成したり、レイド戦で強大な敵を撃破する。
本当にありふれたシステムだ。
その分、各素材や要素をより洗練させ、バランスよく配置することでゲームを成立させることをコンセプトにしたのが『カラクリノヒメ』だ。
思えば、この手のソーシャルゲームはリリース当初からずっと進化を続けてきた。
初期は単に数値が上下したり、カードがぴょこぴょこ動いて戦闘経過を見せていただけだったのが、キャラクターのチップや3Dデータを用意して攻撃モーションを取らせるようになった。
やっていることは同じなのに受ける印象は大幅によくなる。いわゆるリッチ感というやつだ。
最近はこのリッチ感の最低基準がかなり上がっている。
当然だけどチップを作成したりモーションをつけたりするのにもコストはかかる。
でも今どきのゲームでカードの絵が動いて殴り合うだけの戦闘というのはちょっと辛い。プレイヤーに手抜きだと思われてしまうからだ。
だから基本システムは仮に同じだとしても見栄えを変えるという切り口の変化によって新鮮さを出してきた。
もちろん、新しい遊び方やシステムを提示して成功してきた作品もある。むしろそちらのアプローチの方が大事だと個人的には思う。
だが現実は新しいことへの挑戦はなかなか許されない。しっかりと数字を出せる企画が望まれているからだ。
そして今売れている要素を全部詰め込めば必ず売れるわけではないのがエンタメ業界の難しいところだと思う。
話題になっている旬のイラストレーターにキービジュアルを描いてもらい、作品がアニメ化したこともある作家にストーリーをお願いし、斬新で面白いゲーム性と快適なシステムを揃えれば必ず勝てるかというとそうではない。
結果的に爆死していったビッグタイトルは両手の指では足りないほど存在する。
残念なことに、それらの要素はあくまでヒットさせるための前提条件の一つでしかないのだ。
ソーシャルゲームの場合はIPや運営のノウハウが重要だとも言われている。
IPっていうのは知的財産のことで、有名な作品タイトルやシリーズ、キャラクターのことだと思えばいい。
誰もが知っている作品であること。これは大きな武器になる。だから有名な大型IPを確保しようと営業が頑張っている。
また運営も、いかにしてプレイヤーを飽きさせず遊び続けてもらうかというノウハウの蓄積、状況に合わせた対応が重要だ。
あとは宣伝。
ステマだろと言われようが気にしてはいけない。
ちょっとウザいと思われるぐらいの宣伝をしないと生き馬の目を抜くようなエンタメ業界で勝ち残ることはできないのだから。
下手すると開発費と同じぐらいの広報費を用意しないと駄目だなんて言われたりもするのが恐ろしい。
だが、それは厳然とした事実なのだ。
だからきちんと売るには宣伝にも結構な額を投入するしかない。
そうしないと潜在的なユーザーの興味を引くというスタートラインにすら立てないのだから。
『カラクリノヒメ』は石橋を叩いて渡るがごとく堅実に制作を進めた。
一つひとつの品質を高め、全体のバランス調整をした。
一方でリリース前にしっかり告知をし、事前登録者へのプレゼントのアナウンスなどをして導線を整えた。
ゲームスタート後はイベントを随時開催、キャラクターの追加をしていった。
そういった地道な積み重ねがあったからこそ『カラクリノヒメ』はヒットしたのだと僕は思っている。
もちろん、リリースしたタイミングとか運の要素も多分にあったとは思うけど。
そんなわけで、ゲームクリエイターの不吹清正は現状に満足をしていた。
あえてあげるとすれば、ペットを飼いたいなあとずっと思っているけど、今のマンションはペット禁止なのが残念なことぐらいか。
もっとも妹が猫派で僕が犬派であることから、仮にペットを飼うことになっても猫が来てしまいかねないのだけれど。
お兄ちゃんは妹に甘いのである。
あとは彼女も欲しいけど、それは妹が結婚するまでは考えないことにしているから不満とは思わない。
あいつには苦労をかけた分、幸せになってもらわないといけないからな。
両親がいなくなって十年。
当時小学生だった妹も来年度からは大学生だ。
僕が高校卒業で就職したからというわけではないが、妹には大学に進んで欲しかった。
そんな僕の希望を知ってか知らずか、妹は進学してくれた。
しかも国立大学だ。すごいな、僕の妹。
勉強、頑張っていたもんな。
お兄ちゃんは知っているぞ。毎晩遅くまで勉強していたの。
努力は報われるのだ。努力した者のところに良い結果がやってくるのだ。きっと。
季節は春。
桜の花がほころび、華やかになるにはほんの少し早い時期。
妹の一人暮らしの準備も進めなければいけない。
少し寂しいけど、あいつが自立をするためにも一人暮らしはいい経験になるだろう。
たまには家にも帰ってきて欲しいけどな。
あいつの部屋は片付けないでそのままにしておく予定だ。
いつ戻ってきてもいいように。
そう、春なのだ。
新しい命が芽吹き、新しい出会いが待っている季節。
不吹清正は今の生活に満足をしていた。
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