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落第サンタ

お届けサンタ

作者: 高原 夕晞


「とうめいえのぐ、ですか……」


 キズナさんは、珍しく困ったような表情を浮かべていた。その手にあるのは小さな便箋、宛名はもちろん『サンタさん』へ。目の前の幼くも見えかねない女の人は、何を隠そうサンタクロースという存在だ。


「こんなん、協会の連中が用意できると思わないだろ?」


 口端を引き上げて、にやりと擬音が付きそうな笑みを浮かべているのは郵便屋と紹介された男。鼻先まで伸びた前髪のせいで表情は口元からしか伺えない。

 俺がこんなおかしな場面に遭遇しているかといえば、よくわからない。俺自身は何の特技を持っている訳でもなく、キズナさんに振り回されているだけだ。


「落ちこぼれサンタのあんたなら何か策があるかと思って」


 郵便屋の彼が言う通り、キズナさんは『サンタ』だ、いや『サンタ』だった。いわゆる『サンタ』の組織のようなものがあるらしい。キズナさんは子どもにだけプレゼントを配るというその組織に対して疑問を抱き、そこから抜け出した。だからと言って、サンタとしての役目は果たしたいと大人のプレゼントを求めるものの、あまり成果はない。そんなキズナさんの手伝いを成り行きでやり続けている。

 郵便屋はその組織のトナカイの一人らしい。トナカイっていうのはプレゼント配りの案内役なんかをやったりするらしい。郵便屋は方向音痴だとかで、子どもからの手紙を回収して組織に持っていく……はずなのだが、その一つがキズナさんの手元にあるそれだ。

 そういえば、どうして開けてもいないのに内容が分かったのだろうか。これもいわゆるトナカイの能力って奴なのだろうか。


「これだから、ガラス玉使ってる奴は……」


 俺に視線を向けるように溜息をついては軽く前髪を掻き上げる。そこから覗いた目は、俺が知っているものとは違った。いや、それは生きているものには相応しくない。ぬいぐるみや何かが目として使うような、ボタンが目の位置に嵌まっているように見えた。見えたといっても一瞬だからもしかしたら、見間違えたのかもしれないが。もしくは郵便屋、というのが人間ではないのか。そんなことを俺が考えたところで意味などないのだけど。そんな風に俺が思考を巡らせていれば、キズナさんはプレゼントの手掛かりになりそうな人物を見つけたようだった。

 


「そうですね、ライリさんの所にでも行ってみましょうか」


 郵便屋は後はよろしく、と言い残し窓から帰っていく。残った手紙は『サンタ』達が用意出来るものなのだろう。子どもにプレゼントが届かなくなったら一大事だ。それも第三者のせいでなんて、笑えない。

 俺たちはライリさんの元へと向かう。

 ライリさんは、確か研究者、科学者のような人だったと思う。"とうめいえのぐ"だなんて、普通じゃないものの手掛かりになるなんて俺には関連性が見えなかった。でも、キズナさんがいうのだから、きっと正しいのだろう。

 扉を軽くノックすれば、開いてるよという声が返ってくる。


「何の用かな?」


 高いとも低いとも言えない声、柔和そうな表情も相まってライリさんの性別は分かっていない。きっと聞けば教えてくれるとは思うけれど、聞くような用件もなく尋ねるのは申し訳ない気がして今のところ聞けていない。白衣を身に纏っているその姿からの印象は生物の先生というところだろうか。

 キズナさんがさっきの話をライリさんへ伝えれば、自分なりに整理するためか腕を組んで考え始める。


「手紙を借りてもいいかな」


 作るためのアイデアを練るためか、ライリさんは手紙を受け取って目を通す。すぐにでも出来てしまいそうな気がする。そんな簡単なものではないのは分かっているけど、ライリさんならという勝手な期待のような何か。


「透明人間のお友達だなんて、イマジナリーフレンドか何かなのかな」


 水彩絵の具とはまた違う、それを綴っているのであろうその手紙を俺は見ていない。俺が見たところで解決策があるとも思えないから、見せてもらっていない。

 見えない、えのぐ、みえなくて、色づく、絵を描く。連想するようにライリさんは言葉を零す。自分の世界にトリップしているかのよう、いやきっとそうなんだと思う。

 すくう、そらのいろ、へんかする、みえないいろを、とらえる。単語的な呟きが段々と形になっていく。他人の考え方が覗けるなんてことはまれだし、それが自分の及ばない人だなんて変な背徳感がある。


「きっと、キャンバスも色はいらない」


 ガラスのキャンバスに、どうやったら色づくか、と独り言の思案がこぼれてくる。少しは解決の糸口があるのならきっと間に合うだろう。


「今、見えないのなら見える世界を使えばいいのでは?」

「視界の変化、なるほどね」


 どうやら、問題点は何とかなりそうだった。作ってみる、と部屋を追い出された。俺たちは邪魔者でしかないようだ。集中しているところを邪魔するはずもない。俺たちは次の日が来るのを待った。

 次の日、ライリさんの元へ向かえばそこには作り上げたのであろうそれが置かれていた。


「あるだけじゃ実際どうなっているかわからないだろうし、試そうか」


 俺たちに手渡したそれは少し大きめの無色のサングラスのようなもの。かけたのを確認しては、ライリさんは動き始める。

 空気を掬って、透明なガラスに重ねる。何も起きていないように見えるその仕草が、もう一つの瞳には別に見える。確かに色づいている。そこには空の色が移っているんだ。まるで魔法みたいな、不思議なキャンバスがそこに完成した。

 出来上がったそれをキズナさんは受け取って、プレゼント用に包むため部屋へ戻った。俺はすることもなくライリさんにかけていたそれを返した。


「いつもと違う事を考えるというのは楽しいね」


 どうやって作ったか、聞いてもわかる気はしなかったけれど、それ以上にライリさんの言葉は難しかった。いわゆる天才の思考回路というのは凡人の俺には理解できるものじゃなさそうだ。

 今回、俺は本当にいるだけだった。まあ、面倒な事に巻き込まれるよりはマシだと思うけど。キズナさんは俺がいない時でも色々な事をしているのだろうか。別に、サンタに興味があるわけではない。かといってキズナさんに興味がある訳でもない、と思うんだ。

 ライリさんの言っていたことを考えていたから、きっとこんなおかしなことを考えているに違いない。俺はただ周りに振り回されるだけだ。命の危険のない範囲で。

 日が過ぎて、プレゼントを届けに行く日がやってきた。

 赤を身に纏っている彼女は、紛れもなくサンタにしか見えない。元からサンタではあるけど、いつもはちょっと可笑しな人としか言いようがないだろ。恰好が違っているだけで表情だっていつも通りなのに、サンタとしか形容できないのは何か不思議な力が働いているのかもしれない。

 だから、トナカイなしで道に迷わないのかとか、どうやって家に入るのかとか、至極普通の問いさえも頭に浮かばなかったんだ。

 だって、彼女は『サンタクロース』なのだから。


「行ってきますね」


 プレゼントを持って、出掛けて行った。少しだけ雲があったはずだが、気が付いたら晴れて星が良く見えるようになってた。 

 夜は寒いから帰ってくるまで待つなんてことはしない。風邪ひいたりしたら、心配させてしまうだろうから。見えなくなるまで見送って、俺はベッドに潜った。

 次の朝、キズナさんはいつも通りだった。プレゼントの事を聞いてみれば、不思議そうに届けた事を改めて言われた。そういえばこの人はサンタだった。届けるのが役目なのだから、報告も何も必要ないという事だろう。


 ――少したって、郵便屋がまたやってきた。手に一つだけ持って。


「落ちこぼれにお手紙な」


 許可をもらって、横からのぞき込む。

 サンタさん、ありがとう。たったそれだけしかない拙い手描きの文字を目に入れていると、見てもいない小さな子供の笑顔が俺の中に浮かんできた。


読んでいただきありがとうございます。

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