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それから間もなく、枢人の呼びかけでベランダに出る智人は、校門で妹らしき女子生徒に何度も頭を下げる哀れな賢治の姿を確認し、微妙な面持ちで納得する。
「俺にも妹がいるからわからんこともないが、やつはやつで大変なんだな……」
「賢治は見かけによらず根は優しいからね。それが彼の良さだし」
知ったふうな口を利ける自分に反吐がでそうな枢人だったが、それでも賢治という友人の面子をたてる行為に及んだのは、日頃の恩をそれなりの形で返しておこうという気まぐれからだった。
普段から勉学よりも遊びに明け暮れ、クラスのムードメーカーを担う存在の智人も、女子生徒の尻を追いかけ回しては教師陣に仇なす存在の賢治も、複雑に交差する人生において接点を持たずに終わりそうな人間だった自分を友人という認識で気にかけてくれている。
生きていく上での善し悪しは別として、それが彼らの優しさであると枢人は確かに実感していた。
「ちぇ、なんだかしらけちまったから今日は俺もおとなしく帰るかぁ……って、おい、枢人に何か用事みたいだぞ、あそこの女子二人」
ベランダから先陣を切って帰還した智人に告げられ、枢人は彼の視線を辿る。
初めから二人の会話に割り込むタイミングを計っていたのか、色違いのノートを持った女子生徒二人が離れた位置で待機していた。
クラスメイトの鈴木さんと糸居さんだと枢人は気づき、視線が合うなり彼女たちはここぞとばかりに接近してくる。
「枢人くん、これ、借りてた数学のノート返すね。ありがと!」
「私は地理のノート、わかりやすくまとめてあって助かっちゃった、ありがとね!」
「いえいえ、どういたしまして。役立てたのなら何よりだよ」
笑顔でノートを受け取る枢人はそれ以上の言葉に困ったが、ふと時計に目をやるなり、それどころの問題ではないと我に返った。
二人に一礼するや否や、鞄を手にとって智人の方へ振り返る。
「ごめん智人、もう生徒会室に行かないとだ。 僕も後で埋め合わせできるよう努力するから、迷惑でなければこれに懲りずまた誘ってくれると嬉しい」
立ち去ること獅子奮迅の如く。
智人の返答を聞く余裕も見せず、枢人は教室を後にした。
しかし、廊下で別のクラスメイトに捕まったらしく、何やら貸し出したゲームの話題に囲まれながら声が遠くなっていく。
教室に残されたのは彼の勢いある行動に終始追いつくことができなかった二人の女子と智人、そして絶え間なく噂話に没頭する女子生徒の集まりのみ。
「……なんだか、枢人くんっていつも忙しそうな人だよね」
唐突な呟きに対し、一方の女子がただ頷く。