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激務という大人の枷に捕らわれた担任教師曰く、今晩も霧が町を覆うらしい。
終業式の日付にむけてカレンダーがめくられていく今日において、担任の警告はおろか自分たちの立場さえ二学年の生徒たちにはまるで他人事のようで。
いつもと変わらぬ繰り返しじみたホームルームは、四十人規模の監獄に収められた生徒の大半にとって、明日への口約束と下校の身支度を済ませる程度の認識でしかなかった。
所詮は人間のなせることだからなのか、それは教師にとっても同様であったらしい。
喧噪の絶えないコンクリート壁の窮屈な部屋で、自身の口から伝えるべき言葉だけを厳選した担任教師は、最後まで生徒の姿に目もくれることなく教室を後にしていった。
早一年も経とうとしている学年生活の中で、生徒たちには熱意のある男性教師という印象が記憶の片隅にあったのだが、終始手元の分厚い資料に目を通していた姿から察するに、熱意があったのはどうやら出世のことらしいと各々が再認識する。
さながらサクセスストーリーを歩むための台本めいたものなのだろう。
こうして社会の歯車が回転数を磨き上げていくのだと学ぶ分には、立ち去る教育者の背中を見送る行為は有意義な時間だったのかもしれない。
指折り数える程度の優等生たちも、そうしてやっと先人に続き下校の身支度を始めるのだった。
それは絶え間ない流れ作業のように流麗で、梱包から出荷作業までの足取りを十代の男女らが体現しているかのような印象だ。
その流れをせき止める者がいるとすれば、巷で流行る失踪事件について噂する女子生徒の集まりを除き、一人だけいる。
生徒会の責務を果たすべく、生徒の身分でありながら教壇に上った青年――名を、綾杜枢人という。
「月曜日に配った生徒会アンケート、今週中に僕へ提出してください。お願いします」
担任教師に比べればある意味で大根役者なのだろうと痛感するほど、彼は言葉に熱意がこもらない。
しかし、生徒に対して言葉が届かないという意味では担任教師と同じ土俵に立っていると言っても過言ではなかった。
教師の視点に立って改めて理解できる情景を目の当たりにし、枢人は惜しくも担任教師の有様を肯定するしかあるまいと、忠告を一度限りにしてその場から退くことにした。
とどのつまり、この声は届いていると勝手に決めつけたのだ。
自身の行いを無理矢理にも正当化しようと心の中で暗示を繰り返す彼は、周囲の人間に同じく下校の準備に取りかかろうと教壇を降りる。
晴れて自分も帰宅組の本流に紛れ、流されるように教室を後にするのだと想像していたがために、突如としてすれ違う一人の人間に枢人は思わず注視した。