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人の頭に花が咲いてるように見える少年と人の顔が虫に見える少女の話

作者: ちま

 彼女が僕に出会って初めて言った言葉は「なんで君は人間の顔しているの?」だったし、それに対する僕の返事は「君の頭には花が咲いていないんだね」だった。

 もしそばでこの会話を聞いている人間がいたら「何の話をしているんだ?」と思ってしまうような話だけれど、幸いなことにここは「中庭」と呼ばれる学校でも人気のないNo.1スポットであった。四方を建物に囲まれ、採光も悪く、鬱蒼とした植物が自由気ままに生えているものだから当然といえば当然だ。1人になりたい学生御用達のスポットで、仮に誰かと遭遇しても気まずそうにどちらかが立ち去るというローカルルールが存在している。そのため、この場所で言葉を発したのはこれが初めてだった。

 「君は他人の頭に花が咲いているように見えるの?」

 彼女は僕の言った意味不明な言葉をそのまま返してくる。長すぎる前髪の奥に花弁が存在しているかと思ったけれどそうでもないようだ。目と耳が2つずつ、鼻と口が1つずつちゃんと存在している。

 「正確には頭だけじゃなくて顔に咲いてる時もあるけどね。そういう君は人間以外のどんな顔に見えてるんだ?」

 「虫、というか節足動物全般かな」

 「ふぅん」

 それは大変そうだと思いながら会話を終わらせた。もともとあまり会話は得意ではない方だし、彼女の頭に花が咲いていないからといって何をどう切り出せばいいか思いつかなかった。少しだけ視線を向けると彼女も似たような感じなのか、金魚のように口を開けたり閉じたりしている。

 何か話したほうがいいのか、何を話せばいいのか思案しているうちに昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。そこで我に返った彼女がぽつりと「ごはん食べそびれちゃった」と呟いた。


 いつからだったか記憶にはないが、おそらく物心ついた時から僕の周りの人の頭や顔には花が咲いていた。咲いていないのは僕だけで、僕もいつか大人になったら頭か顔のどこかに花が咲くものだと思っていた。それにしては鏡や写真に映った人間や、テレビで見る人間には花が咲いていなかったのが不思議だった。1度母親にそのことを尋ねた時、困った顔をして首をかしげるのを見て花について聞くのはいけないことなのかと思った。今では鏡越し、あるいはテレビで見るような世界が正常な見え方で、僕みたいに他人の頭や顔に花が咲いているように見えるというのは異常であることは何とか理解している。ただ昔からこうだったので特別不便はしていないし、このまま誰にも言わずに生きていくつもりであった。

 1週間後また中庭にて、頭に花が咲いていない彼女に「人に花が咲いているように見えるのって生まれつき?」と聞かれたのでこんな話をした。あまり他人と会話する機会に恵まれない僕なので要約するとこんな話だったが、実際は「あ、いや生まれつき……気付いたら、多分」のようにつっかえつっかえでよくわからない話であったと思う。それでも彼女は時々同調するようにうなづいて、「へぇ」とか「あ、わかる」とか相槌を打ってくれた。

 「困らない、って言ったけどたまに困ることもある」

 「そうなの?」

 「口に花咲いてると何言ってるかわからないから、結果無視することになる」

 こう言うと彼女は突然笑い出した。人の口に花が詰まって話せない状況を想像したら面白かったらしい。鼻が詰まっているというより花が咲いているんだけど、と訂正しようとしたがどうせ大して変わらないので黙っておくことにした。

 「実際喋ってるらしい、けどわからないから無視してたら他の人に『なんで無視するの?』って聞かれて」

 「確かにそれは困るよね」

 まだ少し笑いながら彼女はうなづく。人の頭が虫に見えるといった彼女はどうなんだろうか。虫は言葉をそもそも発しないと思うのだけど、と尋ねると「いや、虫に見えるけど普通に喋ってるし」となんでもない答えが返ってきたところで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


 「私もね、昔から人の首から上が虫に見えてるの。虫って言うか節足動物? 百足みたいなのもいるし。気持ち悪いかって聞かれたら多分気持ち悪いんだろうけど、最初からこうだとむしろ首から上が人の顔してる方が違和感。だから君は結構不気味に見えるんだ。気を悪くしたらごめんね」

 また1週間後出会った彼女はそう話し始めた。不気味に見えるといわれたけど僕も花が咲いていない人間に出会ったのは初めてだし、違和感があるのはお互い様だろう。不気味と言っている割に表情が明るいのは何故かはわからない。

 「鏡越しやテレビに映ると多分普通に見える世界になるのも一緒、かな。君と違って顔全部が虫だから人の顔を覚えるのはむしろ苦手で、声で誰が誰かを認識している感じ」

 僕は頭や顔のどこにどんな花が咲いているかで人の名前を覚える癖がある。どんな花が咲くかはイメージによるらしくて、例えば名前がわからなかったときは黄色いパンジーが頭の右のほうに咲いていた女の子の名前が「ユリコ」と知った次の日には パンジーが百合に変わっていたこともある。人の顔自体を覚えるのは僕も苦手だった。

 「叔父さんがカマキリの顔をしてるんだけど、小さい時『なんでおじさんはカマキリなの?』って聞いちゃったんだよね。ホントの顔もカマキリっぽいけどそんなの悪口みたいなもんじゃん? 子供が言ったことだからって笑って流されたけど、今考えるとひやひやするよ」

 彼女ももちろんそういう風に世界が見えていることは周りには隠している。周りの人間の頭が虫だなんてなかなか発狂しそうな世界だけど、と言ったら「どっちもどっちじゃん」と言われたのでそうなのかもしれない。

 「人に咲いてる花ってさ、実際に咲いてる?」

 「普通人の顔に花は咲いてない」

 「あ、いやそういうんじゃなくて、現実にある花?」

 それは1度疑問に思って調べたことがある。一応我が家にも花の図鑑はあって、知らない花を咲かせたクラスメイトがいたら昔はどんな名前の花か調べていた。その結果9割くらいは現実にある花だったけれど、たまに図鑑には載っていないような花を咲かせる人もいる。おそらく脳内に記憶されている何種類かの花が混ざってそう見えているのだろう。

 「そういう君が見えてる虫は現実に存在しているの?」

 「うーん、調べたりはしたんだけど、あんまり虫の正面顔載ってなくて。まぁそもそもあんま意味ないんだけどね」

 結局見えている世界に変わりはないんだから。

 そういった彼女はどんな表情をしていたのか、僕はもう覚えていない。


 1週間後会った時、僕らは理由を探していた。

 何故僕は他人の頭に花が咲いているように見えるのか。

 何故彼女は他人の頭が虫に見えるのか。

 何故お互いの顔は人間に見えるのか。

 理由なんて当然ながら見つからなかった。お互いに見えている世界が異常だから、異常なもの同士は正常に見えるなんてことは理由にならない。もしかしたら他人から見た僕は頭に花が咲いているように見えるのかもしれないし、他人から見た彼女の頭は虫に見えるのかもしれない。僕らが正常と認識している鏡越しの世界の方が異常な世界なのかもしれない。他人の視界を覗けるわけでもないのに自分が正常か異常かなんて本当は判断できないものだ。だけど僕らは自分を異常と認識し、それを黙秘し、周りと合わせることであたかも正常であると見せかけている者同士だった。

 「何もわからないね」

 「うん、何もわからない」

 1人で考えてもわからなかったことが2人になっただけでわかることではなかった。結局僕らが出会ったことで世界の見え方が正常になるみたいな奇跡は起こらなかったし、僕は他人の頭に花が咲いている世界に、彼女は他人の頭が虫である世界に生きていくだけだった。

 「まぁいいか」

 「そんなもんだよ」

 普通の人間の顔をした他人に出会ったことの方が奇跡だと思う。この先同じような人に出会うことがあるかわからないが、似たような異常の中に生きる人間がいるというのは僕の心に安定をもたらしていた。


 次に会ったのは4日後、その次は2日後、次第に僕らは毎日中庭で会っていた。

 会ったとしても特に会話はなかった。もともと静かな場所だし、そうやって過ごすのが流儀であった。出会った当初にあった違和感はもう無くなっていた。

 彼女の名前は聞かなかったし、彼女も僕の名前を聞くことはなかった。彼女の学年もクラスも知らずにいた。ただ他の人間と違って顔から植物が生えていなかったので、彼女を認識するにはそれで十分だった。おそらく彼女も似たようなものだったのだろう。

 昼休みだけでなく放課後も、授業中もたまに中庭で過ごすようになってきて、彼女と会った時には多少会釈してそのままぼんやりと過ごしていた。学校から人気が無くなってから僕らはどちらともなく学校を去る。そしてまた次の日に会うのであった。

 とにかく他人を避けたかった。

 多分彼女も同じだった。


 その日は雨の日で、さすがに屋根も何もない中庭に行くことはあきらめた。もしかしたら彼女がいるかもしれないが、彼女がいるからと言って行くのは理由にならなかった。1日くらいは大丈夫だと思った。

 隣の席のクラスメイトが何か言ってるけれど、口から朝顔のつるが伸びているから何を言っているかわからなかった。結果無視してしまうことになるがしょうがない。それに対して顔がほとんど向日葵で覆われている人が何か言っているが、向日葵が大きすぎて何を言っているのかわからない。最近ずっとこんな調子だから、とにかく他人を避けていた。他人の頭の植物が急成長したり枯れたりすることは今までもあったがせいぜい1日程度だったので、こんな長い間成長しっぱなしで、それも1人だけじゃなくほぼ全員に起こっているものだから僕の脳もそろそろ駄目になってしまったのかもしれない。

 いつからそうなってしまったかはわかっている。

 ただそれだけは認めたくなくて、結局心の安定だけを求めて僕は中庭に行っていた。

 何とかその日1日は教室で過ごして、頭部のほとんどが髪の毛の代わりに紫陽花に覆われている友人に「今日は真面目じゃん」なんて言われながら(幸いなことに口まで紫陽花は咲いていなかった)放課後を迎えた。少しだけ中庭を覗くと頭から大きな彼岸花を咲かせた女生徒がいたので、さすがに彼女もこの雨の中ここに来ることはなかったのかと思い帰路につくことにした。


 次の日学校は休みだった。


 全校集会が終わってそのまま昼休みを迎えた。僕は中庭に行きたかったけれどもうそこは封鎖されている。ある女生徒がそこで自殺していたためだ。2つ上の先輩で受験のストレスだったとか家庭内に問題があったとかありがちな噂が流れていた。全校集会で黙祷を捧げた2つも学年が離れていればさすがに知らない人間だったので、特に何の感情も湧かなかった。人気のないスポットNo.1の中庭はそんな事件が起こったおかげで封鎖され、このまま一般生徒が入れないようになるとのことだった。

 中庭に入れなくなったせいか、他の理由があるかは定かではないが、僕が見えている異常な世界は正常に戻っていた。植物たちは成長をやめ、口元まで植物におおわれている人間はあまりいなくなったので、まだ僕は正常を装って生きることを許されたのである。

 同時に彼女との接点もなくなった。名前も学年もクラスも知らないし、唯一の特徴である長すぎる前髪だけでは本人にたどり着くことはできないだろう。そもそも他人から見たらあの前髪は普通の長さかもしれない。探そうとしなくても頭に花が咲いていない人間は彼女しか見たことなかったから、いつか学校内ですれ違うかもしれないと思っていたけれど結局そんな機会は訪れないままであった。

 なんとなくそんな予感はしていた。

 これからも僕は自分の異常さを認識し、その中で何とか正常さを装って生きていくのだろう。

 人の顔自体を覚えるのは苦手だから、彼女がどんな顔をしていたのか今はもうよく覚えていない。

 だけど時折、最後に聞いた彼女の言葉だけ思い出す。

 「きっと自分の視点が正常だって思いこんで生きてけるのにね、普通は。私たちって何なんだろう。異常さが最初からわかってる、そんなの本当は異常じゃない。本来異常って言うのはそれ自体認識できないものだから。わかってて、それを無理に正常に合わせようとするなんて、本当になんて孤独なんだろう」


 きっとこの孤独はこの先ずっと抱え続けていくことだ。

 唯一理解し合えた彼女ともう出会えないというならば。


 本当に、なんて孤独なんだろう。




 end

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