語り部は少女に語る
――災厄は招かれた。
ドラクマは弾けては散り散りになり、シンフォルンへと降り注ぐ。まるで美しい硝子片が散っているようだ。赤炎を巻き上げては世界は火の海へと変わり、闇色の瘴気が地獄への道を開いているようだったと、陽の民の語り部――クリピオは世界の創世記を交えて、近いようで遠い、二十年前の災厄の話を終えた。
クリピオは、長い金髪を一つに結わえて、そ、と立ち上がる。
陽の民が暮らす国――『ブレーメルン』には、濃い霧が立ち込めていた。今宵は霧隠の日。太陽が雲に隠れるように、民は霧に隠れる。白い、真白い霧は、まるでホワイトアウトのよう。もう見えなくなった、と思った時、クリピオの語りを聞いていた、十代半ば程の少女は腰を上げた。
「世界は、望まれて生まれる物なのでしょうか」
流れるような美しいソプラノボイスが少女の口から疑問と共に紡がれた。少女の身に付けている、蝶の髪飾りが宵闇に煌めく。クリピオは穏やかに笑って、少女の空色の髪を撫でた。
「望まれて生まれる物なのか。それは難しい問題ね。貴方は、子供はどうやって生まれるか分かる?」
「卵子と精子が結び付いて受精卵になる。そこから赤ちゃんが出来るんですよね」
「う~ん。それは、まあ、教科書通りと言われればそうかもしれないわ。子供ってね、出来ても死産することがあるし、作りたいから出来る物じゃないのよ?」
少女の、深海のような青い瞳を覗きこんだクリピオは、優しく笑って、少女に語った。どこか馬鹿馬鹿しくも甘い話だ。それに少女は顔を顰めて背を向けた。
「――子供はね、世界が生んだの。世界があるから子供は生まれて、世界の為に生きては大人になる。貴方にはまだ早かったかしら。全ては預言を壊させない為に、私達は生かされてるの」
濃い霧が『ブレーメルン』を包んだ。クリピオの甘い花の香気が、少女の鼻腔に残っては中々消えなかった。