カタオモイ
11月22日、快晴。
お気に入りのワンピースに、おニューのコート。モコモコの白いマフラー。ほら、かわいく決まった。
午前10時に待ち合わせ。だけどあれ?駅前についたのは、待ち合わせの10分後。あぁ、ほら。私を待ってる!
「りょーちゃんっ」
「あ、おはよう」
息を切らしてごめんなさい。大丈夫だよって笑う君に、ほらほら私、胸が痛い。
「じゃ、いこうか?」
首をふって頷いて、2人で改札を抜ける。君とのデート、やっぱり緊張する!
電車の中では、何を話せばいいのやら。天気やら、気温やらの他愛もない話ばかり。すぐ沈黙。
目的地について、下がり気味の顔をあげた。そしたら、今日初めて君とまともに目が合った。微笑む君のまあるい黒目に、吸い込まれそう。
「さすがに人が多いねー」
「ほんとだ」
土曜日の渋谷、ごった返す人の波。おかげで肩がぶつかりそうなくらい近いから、またドキドキしてる。
「ところで、今日はどこいくの?」
君に聞かれて思い出した。そうだ、私は君を連れ出した。
「……欲しいものがあって!!とりあえずいこう!」
手をとって駆け出せたらいいのに、そんなこと考えながら、行き場のない手をマフラーについてるポケットに突っ込んだ。
それから私たち、学校のこととか、趣味のこと、バイトのこととかをたくさん話して、たくさん笑って。ついこの間まで、まともに話せなかったはずなのに。
ショッピングモールで雑貨屋さんを見て回ったときなんかは、もう恋人同士みたいだったの。こっちがいい、いやいやこっちでしょー、なんて2人で変なおもちゃ選んでみたり、結局買ってないけどね。
「あ、もうお昼か」
君が腕時計をみて呟いたとき、私のウソの買い物は終わってた。
「もうお昼?早いなー」
「そうだね、ご飯、食べに行く?」
「そうしよー!」
君と向き合ってご飯を食べるなんて、たぶん初めてで。私の気分は絶好調。だけどちょっと、恥ずかしいかな。
ファミレスに入って、2人席に通される。なんだか少し、そわそわしちゃう。じっとしてるのが怖くて、おしぼりとお冷をとってきた。
「ねー、りょーちゃん」
高校のときの、君のあだ名。口にする度くすぐったい。
「ん?なに?」
注文してから料理が届くまでの間、本当は聞きたくない話を、聞いてしまったの。
「りょーちゃんは、恋とかしてないのー?」
あ、苦笑い。嫌な予感が当たるかも。
「恋……じゃあないけど、気になる子はいるよ」
気のせいか、君の頬は少し紅い。
「おー!りょーちゃんが気になるってことは、絶対かわいい!」
「あー、うん、ふつーにかわいい、かも」
どうやら同じ専門学校の子みたい。君ってば、私なんて眼中に無いのね。なーんてすねてみようと思ったら。
「でも、クラスちがうし、学校で全然会わないし、その子とはきっとなんもないだろうなぁ」
ってぼやくんだもん。期待しちゃうよ?
料理がきてからは、私の話。君はきっと、興味なんてないのに。
「ほんっとに出会いないよー」
なんて、パスタを口に運ぶ。君だけしか見えてないの、気づいてよ。
「いやいや、これからだよ」
君もハンバーグを食べる。ほんとに鈍感なのね。
「えー、そんなことないしー」
「大丈夫大丈夫、きっとすぐだよ」
微笑む君は、悪気なんてないのわかってる。でも、なんだか息苦しいよ。
そんなランチタイムはあっという間。気がついたら、時計は14時を指していた。
「そろそろいく?」
「あっ、うん」
君の言葉と共に、荷物を持って立ち上がる。気を取り直して、次はどこに行こうか?
まあるい緑の山手線、揺られた先は秋葉原。やっぱりここも、人は多い。
「ゲーセン、だっけ?」
そう、目的地はゲームセンター。秋葉原にしかない景品があるらしい。君はちょっとワクワクしてる。
「私、クレーンゲーム苦手だからなぁー」
「俺も得意じゃないよ、やりたいからやってる」
「へぇー、すごいねー」
私がつぶやくと、そんなことないよって笑う。君の笑顔は、いつも眩しい。
「あ、これだ」
駅前すぐのゲームセンターの中、奥の方にある台の前で私たちは立ち止まった。そこには、もこもこしたクマのぬいぐるみ。秋葉原限定だけあって、いわゆるオタク!みたいな格好をしていた。
「おっきーい!かわいいー!」
ストライクゾーンど真ん中。思わず声が大きくなった。
「クマさん、かわいいね!もっとこう、違う路線だと思ってた」
「それな、俺もそうだと思ってた」
2人でクマを見つめる。ほしいなぁ、やろうかなぁってお財布と相談していたら、隣で君が言った。
「とったら、いる?」
「……え!?」
驚いて財布を落としそうになる。慌てて体制を立て直して、私は首を傾げた。
「い、いいの……?」
「うん。てか、俺がやりたいだけなんだけどね」
照れ笑いの君。それは、ほんとの言葉?それとも私のため?どっちにしても、君が取ってくれる、それが素直に嬉しかった。
「じゃ、じゃあ……お願いしますっ」
「おっけー」
軽く頭を下げると、君が笑った。ちょっと恥ずかしくなって、上目遣いに君を見た。もう君は、クマのぬいぐるみに目がいってたけど、私は君のその顔を、いつまでも眺めていたいと思ったの。
ガコンッ、その音に我に返る。
「あっ、すごい!とれたとれたー!」
「ちょっと頑張りすぎた」
そう言って苦笑いした君は、ぬいぐるみを差し出した。
「はい」
「え、ほんとにいいの?」
思わず受け取ってしまう。結構投資してたような気もしなくもない。
「いいよ、期待してたのとちょっと違ってたし、なんてね」
「……ありがとう」
大きなクマを、私はそっと抱きしめた。
日はすっかり沈んで、空は真っ黒。
午前に待ち合わせた駅から、バスに乗り換える。その帰り道すら、話題は尽きなかった。
「そう言えば、会うの久しぶりだったよねー」
「あー、そうだね」
「3ヶ月くらい?」
「そのくらいだね」
学校も忙しいもんねー、なんて、また安牌な。
「そうそうこの間さー、罰ゲームで語尾ににゃーってつけなきゃいけなくてねー」
「え、なにそれ」
私が話す、どうでもいいようなこと。君は笑って聞いてくれる。
「ずぅっとにゃーにゃー言ってたのねー。そしたらさー」
「うん」
「しばらく抜けなくて、最近までにゃーにゃー言ってた」
思い出したら恥ずかしくなって、ぬいぐるみの入った袋に埋もれる。すると君は、クスクス笑い出す。
「なんだそれ、変なの」
「あっ、ひどーい!」
一通り笑うと、君は私にいう。
「でもさ、俺もこの間似たようなことさせられそうになって、超焦ったよ。かわいい子がやるから許されるのに」
「そーだよねー、すっごい恥ずかしかった」
「いやいや、東條さんは大丈夫だよ」
ちょっと、ちょっとだけね、びっくりしたんだよ?君から見る私は、かわいいってこと?
「……ちょっと聞いてみたかったかも」
「だめだよ、俺はだめ」
えぇー、なんて笑い合う。もうすぐ君とはお別れ。
「りょーちゃん、今日はいろいろありがとう」
「いやいや、こちらこそ」
「また誘うから、遊んでねー?」
「そうだね、また遊ぼー」
デートだなんて浮かれてたのは、私だけだってわかってる。だから最後まで、友達のフリ。
「じゃあ、またね」
私に手を振って、君はバスから降りていく。君の姿がなくなって、振り返していた私の右手は、急に居場所を無くした。さっきまで隣にあった温もりは、車内のストーブにかき消された。
流れる景色をよそに、私はイスにもたれかかる。
次はいつ会えるだろうか、今度はどこに行こうかな。
そっと目を瞑って、ゆらゆら揺れに身を任せたの。