マニュアル人間の進化
バブルの頃、人々は若者をこう揶揄した。「マニュアル人間」と。
「あの、うちのサイトのマニュアルの基準が分かりにくいと、ユーザーたちの不満が膨らんでいるようなんですが」社員がマニュアル世代の社長に報告した。
「そんなのほっとけ。マニュアルは絶対だ」社長は鼻であしらう。
「でも、禁止用語が増えすぎているのも事実ですし」
「仕方ないだろう。世の中が複雑化すれば言葉の意味も複雑になる。マニュアルに対応させるには必要な措置だ」
「しかし、ドラッグストアと言う言葉が禁止とは」
「違法に近い薬物にこれまで頭文字を散々入れ替えてきたが、とうとう、らちが明かなかったんだ。いまではドラッグと言う言葉自体が好ましくないのだからドラッグストアも対象になるのは仕方がない」
「しかし、全国のドラッグストアから抗議が……」
「だからほっとけ! マニュアルは何よりも正しい! それにうちのサイトのスポンサーにはドラッグストアはない」
「そういってユーザーに理解求めていいですか?」
「いいわけがないだろ! うちの建前は『ユーザーが自由に表現できるサイト』だ。テンプレ通り『ユーザーが安心して利用するためのルール』だと言っとけ」
このマニュアルは大半が利用する人気のテンプレ通りの利用をしていれば、無料としてはそこそこ楽しめる工夫がされている。引っかかるのはテンプレから外れた少数ユーザー。多少苦情があっても運営への影響は少ないので社長は強気だ。
「同じように全国の援助団体からも苦情が」
「援助交際を連想させる言葉が許されるか!」
「散歩と言う言葉の禁止にも、全国のペットショップと愛犬家から」
「JKお散歩でわいせつ行為が発覚して社会問題になっただろう! 散歩は性的刺激を誘発する言葉だ!」
「……単語を無理やりこじつけるより、内容で検閲した方が平和じゃないですか?」
「誰がその作業をやるんだ? お前か? 言っておくがうちの運営費はすでにギリギリだ。通常業務も忙しい。残業して検閲しても残業代は出ないぞ」
社員は凍り付いた。単語のチェックなら機械がやってくれるが、内容の吟味は人が読む必要がある。彼はすでに社畜として散々こき使われている。これ以上はとても働けない。
「うちのマニュアルは細やかなテンプレで作られている。禁止用語がはっきりしているのだから親切すぎるくらいだ。これを守ればトラブルには無縁だ。よってスポンサーに迷惑がかかる心配もない」
社員は社長の説得をあきらめた。マニュアル人間はさらにテンプレ人間と進化し、仕事のすべてをテンプレに頼っていたのだ。
社長はマニュアルを強行し続けた。そしてスポンサーに迷惑がかかるようなトラブルも起きなかった。確かにドラッグストアもペットショップも援助団体もこのサイトのスポンサーではなかった。
しかし、ユーザーの中にいたこれらの関係者と知人、利用者が一斉に退会した。
結局このサイトは閉鎖した。
作者もマニュアル世代です……(汗)