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戯言の天使

作者: nara

「天使?」


 オレは腹がよじれそうになった。

 胃がせりあがってきて気持ちが悪い、そんな感じだ。


「何でまた、それをオレに?」


 友人がいきなり言い出したこと、それは、自分は天使であるということだった。



――その日の放課後。


 クラスの委員長でもある友人が、憂鬱に教科書を鞄に突っ込んでいるオレの机の前にやってきた。


「なぁ、ちょっと。聞いてくれるか」


 いつに無く真剣な面持ちで、委員長はオレに呟く。


「なに?」


 委員長は転校生だった。五年前、中学一年のときに他県から転校してきた。色白で長身、美少年のそいつは、どことなく只者で無い雰囲気を当初からぷんぷんさせていた。そして、その雰囲気を裏切ることなく委員長は、その日から皆の人気者となっていた。


「俺さ、お前に言っておきたいことがあるんだ」


 対してオレは、フツーの奴だった。

 フツーに友達がいて、フツーに馬鹿やって。

 とりあえず、フツーだったことは覚えてる。

 クラスの中心でもはじかれでもない、フツーのポジション。


――まぁ、意図してそうやってきたんだが。


「ン? 言ってみな」


 ひょんなことから、オレと委員長は友達になった。

 確固たる何かがあったというわけではなく、ただなんとなく。

 なんとなく友達になった。

 ならざるをえなかった。

 つまりたぶん、『気が合った』、ということだろう。

 そして気がついたら、同じ高校に進学していた。

 そんな委員長が誰もいなくなった教室でオレに改まった態度で話しかけてきたのだ。


「俺さ、天使なんだ」


 突然、虚を突かれて、オレは吹き出す余裕すらなかった。


「天使? 何でまた、それをオレに?」


 歯をかみ締めてオレは返答を返す。

 どっちみちありえないことだ。


「うん。実はな、俺、ある一人の天使を探してるんだ」


 聞くところによると、委員長は十年前に人間界に逃げた一人の天使を探す任務を請け負った天使なんだそうだ。何でもその天使は、天界での親友だったんだと。


「期限が今日なんだ」


 委員長は五年間でその堕天使を見つけねばならなかった。

 大体この近辺だということで、天使界では直ぐに見つかるはずの、楽な任務だったらしい。


――結局、見つからなかったらしいのだが。


「ふーん。それで?」


「別れを言いに来た」


 委員長は今日で人間界を去るという。

 オレは半分ホッとしながら委員長を睨みつけた。


「大体、天使ってさぁ、自分の正体を人間にばらしちゃあだめなんじゃねぇの?」


 そうだ。確かそんな掟があった気がする。


「ああ、そうだよ。でも、お前にだけは本当のことを言っておきたかったんだ。親友だかんな」


 友人ポジションが親友ポジションに昇格した瞬間である。

 そこで、オレは我慢できなくなって笑った。


――かすれて声が出なかったが。


「そんなに笑うなよ」


 委員長が苦笑しながら言う。

 そこでオレは姿勢をただし、急に態度を厳粛なものに切り替える。


「いいかげん、本当のこと言えよ……転校するんだろ、お前」


 オレはよく知っていた、委員長の正体を。

 あいつは『そういう』性格なのだ。

 委員長は目を丸くした。そして、直ぐに鼻で笑った。


「そうだな。……うん、そうだよ。なんでもお見通しなんだな」


「……付き合い長いからな」


 くるっと反転して背中を向ける委員長。

 教室の扉まで歩いていき、その扉の前で立ち止まる。

 そして、振り向かずにこう言った。


「じゃあな。……人間にしちゃあお前は、いい奴だったよ」


 そういって、あいつは教室を出て行った。

 あいつが去ったあと、オレはため息をついた。

 そして、椅子から立ち上がると、あいつが立ち止まったときわざと落とした一枚の羽を拾い上げる。


「『人間にしゃちゃあ』、……か」


 純白の、人間には決して見、触ることの出来ない純白の綺麗な羽。

 オレはあいつの正体を知っていた。

 五年前、転校してきてからずっと。

 流石にまずいと思った。

 人間界に降りて五年、こんな早く捕まるなんて、と。


「でも、あいつは――気付かなかった」


 十年で時効なのだ。

 あと七時間ちょっとでオレは完全な人間となる。


「いや、気付いていたのかもな」


 あいつのことだ、十分にありえる。


――それに。


「自分の正体をバラすとはな、それもこのオレに」


 うまくリードして、あいつの『咎』を回避してやった。

 今も、昔も、親友としてはこれくらいはしてやらないとな。

 鼻で笑い、両眼を瞑る。


「借りは返さなくていいぜ。どうせ、もう……会うことはないんだから」


 教室全体に夕焼けの雫が広がっていた。


――今更ながら綺麗だと、本当に、そう、思った。







 放課後の教室、その静寂を切り裂いて『親友』の言葉が俺の背中に突き刺さる。


「……その羽を拾わなければ、見逃してやれたのに」

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