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ホワイト・ゼログラウンド  1

ハゾソン川を嘗め始めた太陽は摩天楼の谷間を抉っていく。自由の女神の立像が、マッハッタンを極目していた。この日の朝も、天気は晴天であった。天気がいいと、今日は、きっといいことが訪れると、多くの人々は期待を抱く。だが、多くの人々は概して、期待外れに終わることが多い。あの日もそうだった。娘の死んだ日は、母の日で、爽やかな快晴だった。娘は洋子、十七の誕生日を迎えることなく、事故死した。母の日のカーネエションを坂道にある花屋に出かけて、自転車で橋の欄干に衝突して、川に落下して後頭部を打ち、脳挫傷が原因で死亡した。午前七時四十分、ブリックリンのホームで立っていた白峰紗江子はマルボロのタバコをスタンドの灰皿に投げ入れると、ニューヨークタイムズの朝刊を折り畳んで、到着した電車に乗りこんだ。メアリー・クラークを見つけて、白峰は、彼女の隣に座った。 白峰はウオール街のセント・ホワイト病院に勤めている外科医である。救急病院独特な変則勤務時間らしく、メアリーとは、週の内、一日か二日程度、この電車に乗り合わす、六年越しの顔見知りであった。メアリ・クラークは、そのノースタワー八十八階の法律事務所に勤めている。午前八時頃に出社し、朝食用のヨーグルトを食しながら、メールのチェックやクライアントからの早朝電話の応対など、弁護士の出社までに彼女には、ひと仕事が待っている。彼女は、今月末で結婚の準備のため依願退職する。

 午前七時四十五分。ボストン発アメリカン航空11便のロサンゼルス行きボーイング67が乗客九十二名を搭乗させて離陸した。

 ブリックリン駅を出たばかりの電車の行く手には、シルバー合金のツインタワービルが、秋晴れの空を背負って聳えていた。白峰は、すでに四十は超えていると聞いているが、色白な貌には、皺もシミもない。整った美しさは、年齢が十歳も若く見えている。それは、命の最前線でメスを振り、病魔と絶えず格闘している、強固な精神からきているのだろう。

 午前八時十五分。老紳士のトム・デマテーは、ツインビルのエントランスプラザに盲導犬のエスコートで、入ってきた。彼は、タイピストとして、ノースータワーの商社に長期派遣されている。このプラザには、マケイントの大理石の彫刻が飾られ、放射線状に配置された幾つものベンチの中程から、噴水が放物線を描いて、銀飛沫を上げている。彼は、フエリーボートでの通勤者で、バッテリパークシティ・ターミナルで下りる。そこから彼が勤めるノースビルタワーまで歩いて五分で着く。ハドソン川の朝の新鮮な風を受けての通勤方法を、彼は好んで選んでいる。今日はランチタイムを利用して、このプラザで音楽学院の学生のクラッシックコンサートが催される。彼は、その時間を今から楽しみにしている。

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