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 ウォーターメロン



 蝉時雨。

 入道雲。

 アスファルトの揺らめき。

 季節は正に「夏」だった――。


「…っかしいなぁ……あと、ちょっとなんだけどなぁ……」


 海の近い小さな町の、うらぶれて化粧品店とは名ばかりの「いかにも」な田舎の商店。


 ――この夏一番の しんしょっかん

 少し古めかしいキャッチコピーの元、真っ赤なミニのドレスを纏って悩ましげなポーズを決める、かろうじて頭の上に白い円盤状の物を乗せた外人モデルのポスターを、しゃがみ込んだままで彼は唸りながらブツブツと呟いていた。

 薄い黄緑色のTシャツの上に、緑色を基調としたアロハシャツを羽織り、ジーンズにビーチサンダルといういでたちの彼は、二十代前半といった面持ちに良く焼けた健康的な褐色肌の持ち主であった。しかし、身につけたどれよりも緑色の毛髪をシャンプーハットでも被るようにスタイリングしたかのような、 冗談みたいな髪型と、その上に乗せた安物と思わしき瀬戸物の薄皿、そしてニタニタと目元を緩めるその姿は不審人物以外の何者でもなかった。


「…っかしいなぁ……あと、ちょっとなんだけどなぁ……」

 彼がこの日何度目かの挑戦に挑んだ将にその時、不意に掛けられた声に彼は飛び上がる。

「何してんだよ」

 口から心臓でも飛び出さんばかりに大げさに驚いて見せた後で、彼が振り返った先にはエナメル製の3WAYバッグを後ろ手のまま右肩に背負った青年が立っていた。

 伸ばしかけのストレートヘアの下、上部がハーフフレームの銀縁メガネの奥からのぞくはっきりとした二重の瞳にはあからさまにいぶかしむような色が浮かんでいる。

「い、いたのか、時雨しぐれ。…って言うか、お前、大学はどうした!?」

 慌てふためくような矢継ぎ早の質問にも動じることなく、時雨と呼ばれた青年はのんびりと口を開いた。

「午後の授業つぶれたんだよ。それより緑吉みどきちこそ何してんだよ。この暑い中、昼真っからそんなもん見て……」

 時雨の言葉に、緑吉は一転して凄みを効かせた表情を作ると、自分より背の高い時雨の顔を睨みつけた。

「そんなもん?!お前にはアリサちゃんの良さが分かんねーのかよ!!」

 カッパの緑吉の憤然たる抗議にも時雨の表情が変わることは無い。

「……いや、アリサちゃんて」

 一つとして響く事のない時雨は別段興味もないように話す。

 その態度が、緑吉に尚更に火をつける。

「アリサちゃんはなぁ!遠いロシアの地からはるばるこの国にやってきて頑張ってるガパタレの希望の星なんだよ!!」

「なんだよ、ガバタレって?」

「バカヤロウ、お前、外国カッパタレントの事に決まってるだろーが!知らないのか?!そんなんじゃ、カッパ界の流れには乗れねーぞ!!」

「いや、乗りたくないし」

「お前、しりこだま抜くぞ!!とにかくなぁ、アリサちゃんは頑張ってんだよ!!」

「……お前も頑張れよ」


 蝉時雨。

 二人立ち尽くし、ただ蝉時雨。


「……とにかく暑いんだよ!!」

 緑吉は開き直った。

 そして、全てを夏の暑さのせいにした挙句、時雨にその責任を押し付けた。

「だいたい、小遣いが三十円ってどーいう事だよ!こんなんじゃアイスも買えないだろーが!……はぁ…あれですかい?人間様は三十円出しゃカッパを騙せると思ってるんですかい!?」

 いつもの緑吉の戯言に、いつものように時雨が言い訳する。

「しょーがないだろ、金ないんだから」

 それを受けて、取り敢えず緑吉は逆ギレにも近い理不尽な怒りに乗っかってみた。

 カッパ界でも特にミーハーな彼ではあったが、大概がいつも乗り遅れていた。それでも乗れるものには何にでも乗ってしまおうというそれは、マイナスを二乗したらプラスになりました的なネガポジ気質の賜物であった。

「今時こんなはした金、うまい棒くらいしか買えねーってんだ!うまい棒食わしておけばカッパが黙ると思ったら大間違いだぞ!!」

「でも、好きだよね、うまい棒」

「うん、早く出ないかな、キューリ味」


 蝉時雨。

 二人立ち尽くし、ただ蝉時雨。


「……そーいう事じゃないんだよ、暑いんだよ!アイスが食べたいんだよ!……アイスー…アイスー…暑いー…焦げるー…溶けるー…」

 完全な逆ギレへと至ると、緑吉は妖怪らしさを全面に押し出した気味の悪い動きのままで時雨へと迫った。

 しかし、その瞬間、緑吉の身体が宙を舞った。


「悪霊退散!!」


 叫びながら突然に現れた男は、蹴り飛ばした緑吉が妖怪ゆえか、貧しさからの貧相な肉体ゆえか、数mは飛んでいくのをゴルフボールのナイスショットでも見るように満足そうに眺めながら「おぉー、飛んだなー♪」と呟いた。

 地面を二度転がった後、幼児の運転する補助輪付きの自転車に緑吉が轢かれるのを見届けると、黒のポロシャツにグレイブルーの短パン姿というラフな格好の男は、自分より少し背の高い時雨へと顔を向けた。

「で、こんなとこで何してんだ?」

 対照的に白のトップスにオリーブ色のカーゴパンツという清潔感溢れるいでたちの時雨は、際たる感情も見せないままにポスターの真っ赤なミニのドレスの女を指差しながら答えた。

「緑吉がパンツ覗こうとしてたらしいんだけどさ」

 ラフな格好の男は、伸ばしたあご髭を震わせながら驚愕した。

「……いや、無理だろ。物理的に……」


 わななく様な男の声を聞きながら、時雨はポスターをちらと横目で見た後で溜め息を一つついた。

 パンツ云々以前に……。

 ……ロシア生まれのカッパガールってなんだよ、それ。

 こんなご時勢だ。とりあえず売れとこう、そんな安易な気持ちで妖怪(風)アイドルや妖怪(風)モデルといった「キワモノ狙い」が出てきたって仕方が無いし、別段何を言うつもりもない。

 ……しかし、それを信じているヤツがいるなんて……。

 時雨は轢き逃げ事故の余韻を引きずったまま、いわゆる「サダコ」の姿勢で、地面を這いずりながらこちらへと近づきつつある緑吉へと視線を移した。

 そして、彼が政府関係者によって初めて時雨の元へと連れてこられたあの日を、「おっす、オラ、カッパの緑吉ヨロシクな」と右手を挙げて見せた初見からしてダメ人間(妖怪)のオーラをまざまざと見せ付けられたあの日を、思い出してはもう一つ溜息をついた。


 時雨は気を取り直すように、男へと視線を預けた。

「そういう四月一日わたぬきこそ、何してんだよ?」

 四月一日と呼ばれた短髪にあご髭の男は、満面の笑みで後ろ手に隠していた物を持ち上げて見せる。

「これだよ、これ。ま、貰いもんだけどさ」


 網の袋に入った緑と黒の球体、それは紛れもなく……。


「きたー、スイカー!割ってもいいのか?」

 先ほどまで、地面を這っていたはずの緑吉はあっという間に駆けつけると目を輝かせる。

「勿論だよ、この気味の悪い緑色ヤロー。海とか行ってさ」

 四月一日は微笑みながら答えた。

「うみーー、そしたらオレ、水かきとか出してもいいのか?」

「勿論だよ、皿割っちゃうぞ、コンチクショー」

 スイカとは別に、左手に携えていた木製バット持ち上げながら微笑む四月一日に微笑み返した後で、緑吉は思い出したように皿を抱えてガタガタと震え出す。

 そんな緑吉と四月一日のやり取りなどどこ吹く風で、時雨がやる気の無い声を上げた。

「……俺、パス。レポート書き上げなきゃなんないし」

 四月一日が呆れ顔で、肩をすくめた。

「おいおい、これだよ。二十歳の男が夏に海にも行かねーで、レポート書きときたもんだ」

 当然、緑吉も便乗する。

「そんなんだから、この年にもなって彼女が出来ねーんだぞ」

「関係ないだろ」

 時雨が口を尖らせた。

「ほら、いいから、いいから。たまには息抜きも必要だぞ、時雨」

 今まで緑吉側だったはずの四月一日が、時雨と緑吉の間に割って入る。

 あまりに下手くそな「飴と鞭」ではあったが、やれやれと面倒くさそうに時雨も覚悟を決めた。

 それを見て、早くもテンションを上げた緑吉が吼える。

「っしゃ!海行って、バンバンしりこだま集めんぞ!!」

 うざいテンションに傍迷惑顔で時雨が尋ねる。

「ところで、しりこだまって何だよ?」

「………………」

「いや、多分お前、カッパとして失格だよ」

 呟きながら、再び四月一日は驚愕した。


 幾つものお墓が脇に立ち並ぶ小高い丘、狭いコンクリートの道を抜けると地元の人間しか知らない小さな浜辺へと辿りつく。

 近づきつつある潮騒をBGMに話していると、他愛も無い会話ですらがなぜだか特別なもののような気がした。


「なに、このスイカ、睦月むつきさんがくれたの?」

 今までとは一転して、顔を輝かせた時雨は隣を歩く四月一日の顔を凝視する。

「そうだよ、お前んとこに遊びに行ったらさ、お前ら留守だろ。しょうがないから誰か暇そうな住人の一人でもいないかとぷらぷらしてたわけよ。そしたら、お前のアパートの管理人さんにばったり会っちゃってさ。そんで、スイカをくれたってわけよ。まあ、その管理人さんも貰った物らしいけどな。なんでもカッパと一緒に食べてくれって言われたんだと、よ」

「バカ、お前、睦月さんに貰ったなら、貰ったって先に言えよ!」

 声を荒げる時雨を見て、四月一日はニヤニヤと笑った。

「なーんだよ、時雨、相変わらず惚れてんのか?とっとと告りゃー良いのに。…しかし、俺らと同い年で 管理人だもんな。苦労してんだろうなぁ……こんな貧乏人ばっかりで」

「お前が言うな」

 照れ隠しのように呟く時雨の言葉は、なんだか力ない。

 スイカの搬送係に任命された緑吉はスイカの入った網をバットに吊るして二人の後ろをのらりくらりと歩いていたが、何かに気づいたように時雨の元へと駆け寄ると、その顔をまじまじと見つめた。

「時雨?……時雨、お前……どーした……」

 余命幾許もない男の顔でも見るように見つめた後で、一人覚悟を決めたように呟いた。

「時雨、お前……ドーテイか?」


 蝉時雨。

 入道雲。

 アスファルトの揺らめき。

 地面に転がるカッパの死骸。

 季節は正に「夏」だった――。


 小さな浜は、両端を岩に覆われているせいで、思いのほかに波の勢いが強かった。

 その為、海水浴には向いておらず、それが地元の人間しか知らない隠れた海にしてしまった理由だったが、こうして見ると真夏だというのに誰もいない浜辺は、まるで三人だけで占有してしまったかのようで心地よかった。


「うみーーーー」

 波打ち際へと緑吉が駆け出す。

「久々来たな、海」

 潮風を受けながら、時雨が呟く。

「な、来て良かったろ……よっしゃ、早速割っちゃえ、カッパ」

 四月一日は一人はしゃぐ緑吉の背中へと声を張り上げた。


 浜辺にスイカが設置される。

 時雨と四月一日は少し離れてその様子を見ていた。

「いぃーやっほぉーーい」

 木製バットを振り上げて、緑吉は飛んだ。それはおよそ大した跳躍力ではなかったけれど、緑吉の一振りは完全にスイカの中心を捉えた。

 瞬間――。

 あまりにも軽い「パカン」という音が辺りに響いた。

 スイカは見事に割れた。しかし、中には赤い身の部分は一欠けらとして無かった。

 中にあったのは、一枚の紙切れだけ……。


“ 中身はいただいた 雄大Ⅲ世 ”


 それを見た瞬間、時雨と四月一日は同時に絶叫した。

「(重さで)なんで気づかなかったー!」

「(イタズラが)名前負けしてるー!」

 数瞬遅れて緑吉が叫んだ。


「雄ーー大ーーーー!!!!」


 天を震わせるようなそれは、カッパの咆哮だった。

 その後すぐ、スイカの皮をむさぼりながら「バカー」だの「うっぱげー」だのと奇声を上げる緑吉を遠目に見ながら、四月一日が時雨に尋ねた。

「誰、それ?」

「何かと緑吉に絡んでくる小学二年生」

 頭を掻きながら、やるせなさそうに「小二の考えるイタズラかよ」と四月一日が呟いた。


 「スイカ……スイカ……」と燃え尽きたように呟くだけの緑吉へと、時雨はそっと近づいた。そして、身を切るような覚悟の元、口を開いた。

「帰り……アイス買ってやるよ」

 瞳を潤ませながら緑吉は顔を上げた。

「……本当か?」

「いーよ」

「六十円じゃなくて百円のヤツでもいいか?」

「……いーよ」

 便乗するように四月一日が右手を挙げた。

「じゃあ、俺、もなか」

 瞬間、時雨が怒声を上げる。

「お前は自分で買え!!」

「何だよ、俺にも買ってくれたって……」

 四月一日の主張を遮るように、時雨は飛んだ。

「ウチの家計をなめるなぁ!!」

 鬼の形相で飛び掛ってくる時雨を見ながら、四月一日は最後に思った。


 ……金って、人を変えちまうんだなぁ……。


 蝉時雨。

 入道雲。

 アスファルトの揺らめき。

 浜辺に転がる四月一日の死骸。

 季節は正に「夏」だった――。


 時雨と四月一日の、友情が憎しみに変わるときを背に聞きながら、緑吉はスイカの残骸から何かを見つけた。

 それを拾い上げた時、泣く泣く(小遣い銭の為に)友を打ち倒した時雨が声を掛ける。

「どーした?」

「別に」

 即答した緑吉の右の掌には、一粒だけ残っていたスイカの種が固く握り締められていた。



 この種を埋めて、いつの日か甘い甘いスイカの、そして、希望の「芽」が出ますように。

 それは、無限の可能性に胸躍らせていたあの夏の日の、小さな思い出。



部屋の掃除をしていたら、数年前に作ったシナリオやら小ネタ用の絵が出てきました。せっかくなので、文章にしてみましたが、なんだかなぁと言った感じです。

一応、短編連作という事で、夏、秋、冬、春、そして夏に戻って完結となるはずなんですが、夜方は続き書くのでしょうか(自身でも不明、そしてなぜだか誇らしげ)

しばしの間、夜方の悪ふざけに付き合って下さった皆様、感謝の反面、なんだか申し訳ないです >Δ<

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