自己ログ倉庫82 「学歴への感想」
テレビで偏差値70天才英語集団とか言ってそういう高学歴の芸能人が話してて嫌な気持ちになった。
大学と高校は違うけど俺の高校は偏差値71だし、そもそも大人になってからも学歴を価値あるものとして見ているのが嫌すぎる。
学歴というより、そこで培った能力を生かして別の功績を生み出していれば、学歴なんかにいまだに価値をわざわざ置くとは思えないけどな。
学力とかいう能力を成長させるのは一定期間であって、人生において大事なのは倫理観や問題解決能力、精神力などやと思う。学歴至上主義はしごとをしらない、というのはやや極論だが。
そもそも英語が話せれば有利かもしれないけど、
それを言えばどんなものでも、何かしらの能力があれば有利に働くと思うよ。
能力=有利なのであれば別に、英語ができなければ不利であるわけではなくて、英語が必要な所で不利になるのであって、別の点が重要ならその点の能力がある人が有利になる。
英語が世界的に重要とされている能力であるという前提のうえで言っているのであれば、やや視野が狭すぎると思う。今どき日本の企業で英語を使う場面など殆どない。海外の企業で働くと言っても対面で外国人と話したりするわけでないのであれば優秀なAIによって自動翻訳ができてしまう。
普通に考えて受験や大学という学歴の話は30歳の人でさえも10年以上前の思い出話でしかないし、40代以上となると本当に思い出話でしかない。
受験勉強が元をたどると今の生活に影響を与えているというのは正しいと思うけれど、
今現在裕福だからといってそれは受験で成功して高学歴になったからであり、それ以外の理由はないと結びつけてしまうのは論理として雑になる。
好きで勉強をしているなら良いと思うが、勉強をしておらず自分より低学歴だったからといって見下すのはおよそ人間性が未熟なのだと理解る。
高学歴=成熟しているというのは幻想。
-なんでそんな考え方をするんですか?
あん。高学歴だからこそなのかもしれないがな。
いや違うな。
高学歴でも俺が嫌いな考え方をする人は五万といる。
どちらかというと俺は変なことを考えてばかりの人間であり、偏差値71の高校で上を知った人間であり、社会的に馬鹿にされるオタク趣味を謳歌しているからであり、創作で自分の思考をさらけ出すているからであり、様々な同人やアニメや漫画の中古店に行って中々に苦しい生活をしていそうな人を見かけてきたからであり、そういった社会的地位の上と下の部分をどちらも持って苦しんできたからこその考え方なのかもしれない。
そもそも能力が高いことが絶対的な価値にはならないけれど、あくまで社会的地位が高いことを成功と定義するのであれば、学歴の高さと成功にはある程度の相関関係があると思う。
なので多くの人はこれを聞いて、やっぱり学歴重要じゃんと思ってしまうかもしれないが、
学歴が高い人とその家庭が裕福であるということも大いに相関関係があるわけで、であるならば成功とその家庭が裕福であることにも相関関係があるともいえる。
その家庭が裕福であることと、自信家のお坊ちゃんというのも相関関係はあり、自信家のお坊ちゃんと今までに海外旅行した回数も相関関係がある。
それらを数珠つなぎで相関関係があると言い、最後にそれぞれを成功と相関関係があると結びつけた時、
真に何が成功の要因であるかは単純ではないとわかる。
おそらく複雑に絡まった要因が重なり合って干渉し合った結果として成功があるのだろう。
故に社会的地位が高いことを成功と定義した時、それを学力の高さだけで説明することに何の正当性もない、と言える。
少なくとも私はそういう思考を前提に「学歴」を叫ぶ人の話を聞いている。
個人的な話であるが、筆者もまた高学歴という部類に入る存在である。けれどだからこそ、誤った高学歴の認識を捨てて、真の魅力に気づいてほしいと思っている。
その魅力というのはすべての状況において効果があるものではない(そもそもそんなものはこの世に一切ない)が、高学歴というのは一部の状況で確かに働いてくれるものだと思う。
そんな魅力を持つ高学歴という言葉に対して近年の一部の人々の認識として、
「高学歴は全てにおいて絶対的な評価がある。」
といったものがあるようだが、それが虚偽であることは以前の話で示した。
(そもそもそんなうまい話があるはずがない)
だかこそ、やはり高学歴の真の魅力に注目してあげてほしい。
そちらのほうがより誠実であり、より良い姿勢だと思うからである。
また、能力的成長と精神的成長はまた別のものなので、能力が高い人でも子供のような精神であったり、能力が低い人でも釈迦のような悟りを開いている人もいる。
ゆえに現在高学歴の人は、勉強という能力的成長の一部分が高めであるので、さらに運動能力や歌唱などの他の能力的成長に精進するか、精神的成長を高めることに精進するかをしてほしいと思っている。
あなたはどう思っただろうか。
割と頷けただろうか。
全て頷けた人は恐らく私と同じレベルに達していると言えるであろう。
-そのレベルってなに?
馬鹿みたいなことをいちいち書いて作品としてUPする労力を苦と思わなかったり、毎日アニメを見てその度にほくそ笑んだり、好きな同人曲のCDを真夜中に流して涙するというようなものを複合的に考慮した時に立ち昇るレベルである。
-どういうこと?
つまり、優劣なんて何かの定義の中でしか存在しない戯言であり、
人を何かの優劣で測って安心するという行為自体が大いに自己保身という矮小で卑しい極めて人間的な要素を孕んでいるということであるから、優劣を考えるときくらいはせめて謙虚になれという小話である。




