自己ログ倉庫112 「クリエイター名義、サークル名義に関する本人からの説明」
<こちらの初出は「小説家になろう」の「暮葉畏啓」の活動記録の2026年9月4日21時39分における文章と同じものになります。>
サークル名「霧雨巡録社」
名義「暮葉畏啓」
というのが今の私を表す言葉となっております。
しかし最初からこうであったわけではありません。
私の一番初めの名前はこのようなものでした。
「黒背景クローバーs」
こちらの意味については「自分史」の方でも様々書かせていますが、自分史はあまりにもデータとして巨大すぎるので、この意味について調べるためだけに利用するのは大変だと思います。
そこで、ここで説明させていただこうと思います。
まずは名前の遍歴から。
黒背景クローバーs → 暮葉 → 暮葉畏啓
です。
まず、黒背景クローバーsは黒背景とクローバーとsの三つに分解します。
黒背景というのは文字通り黒背景です。
当時、五等分の花嫁の四葉にハマっていた私はスマホの壁紙をどうするかについて困っていました。
キャラクターの四葉のイラストをそのまま壁紙にしてしまうと他の人に見られる可能性もあり、ロック画面の壁紙は宗いう直接的なものは避けようと考えていました。
そこで考えたのが彼女の記号を示すイラストでした。
中野四葉なのだから四葉のクローバーはどうだろう?
幸運を呼ぶ存在だし何かよさそうだ。
そのように考えた私は四葉のクローバーのフリーイラストを探しました。なかなかしっくりくるものがなかった時、
黒背景にポツリと浮かぶクローバーのイラストを見つけました。
それに由来して、
黒背景クローバー
となり、せっかくならsをつけてお得感を出そうと思い、
黒背景クローバーs
となりました。
暮葉については黒背景クローバーsがかなりネット名でして、長かったし不便だったので短くしようという考えで編み出しました。
ちなみに読みは「くれは」ではなく「クロハ」です。
しかし、暮葉名義で活動して行っているうちに、その名前がかなり汎用的な名前だったこともあり、埋もれるという現象が起きていました。
また、暮葉という平凡な名前に価値を感じなくなってきたこともあり、改名を考えました。
そこで、pixivでも投稿している通り、改名を行いました。
https://www.pixiv.net/artworks/147269760
こちらが2026年7月16日のことですが、この投稿の本文にある通り、この投稿の以前から暮葉畏啓は考えていたため、初出はもっと前になるかと思います。
暮葉に後付けした畏啓というのは造語です。「畏敬」と「啓する」の2文字の融合です。
どちらも目上の方にし要するような上下関係を感じさせられる言葉ではないでしょうか。
しかし、私は暮葉畏啓という名前にして自分が偉いのだぞ、というふうに言いたかったのではありません。
畏敬の「畏」には単なる「恐れる」でも「敬う」ではないもっと高尚な意味合いを持っています。
そこには尊さと裏腹にある怪しさのようなものをどちらも表しているのです。
だから「畏」を使用しました。
「啓」に関しては、私はどこまで行っても言葉で考えを伝え、物語を伝える存在です。
後のサークルに関する話にもつながりますが、私自身の物語の内容というのはここではない幻想世界という場所で起きた話を収集してそれを伝えているという意味合いがあります。
そのため、ここでの「啓する」の「啓」という字にはただ単に私が皆さんに考えを伝えるという意味よりももっと大事な意味として、幻想世界が私や皆さんに「啓する」という意味合いで用いております。
私の裏に幻想世界があるということを示すためにも、それらがどのようなものなのかを伝えるためにも、「畏啓」という後付けは必要でした。
名前からしても自分を表す「暮葉」の後ろに「畏啓」があることから自分の背景には尊くも怪しい幻想世界の存在があるということを表現できているように思っています。
ちなみに読みは「クレハイケイ」ではなく、「クロハイケイ」です。
結局私の名前というのは読みという観点についてはいつまでも堂々巡りして「黒背景」が頻出しているようです。
ちなみに今の名義が一番気に入っております。
サークル名「霧雨巡録社」についてです。
霧雨というのは霧雨魔理沙から連想しましたが、それだけではありません。
元々、このサークル名を考える前から小説家になろうやカクヨムなどで色々投稿しておりました。
その後、同人を知る機会もあり、サークルを立ち上げようと思うようにもなりました。
霧雨巡録社というのは遠野物語における編纂者のような立場を表現しているつもりです。
つまり、物語は私たちが作るものではないという意味です。
常に私たちの頭がどこか遠くにきっとあるはずの幻想世界にアクセスしてその地で起きた記録や伝承、逸話や神話を読み取り、まとめ、編纂する。
それを世に出すという考え方で私はこれまで活動してきました。
そのため、巡るという言葉に記録するという言葉が使われています。
霧雨というのはその地の舞台そのもの。
霧のような雨が降る地に私たちは巡り、そこで話を聞いたり見たりしたものを記録する。そんな集団。
最後の社という言葉には結束感、奥行き、宗教的な背景を表しています。
それらを踏まえて霧雨巡録社となります。
いかがでしたでしょうか。
暮葉畏啓同様、霧雨巡録社もまた大いに気に入っている名前です。




