第4話 他デーモンとの交流と異端視
百年目の理解を経てから、彼の周囲で起こる現象は微妙に変化し始めた。
彼自身が何かを誇示したわけではない。だが、以前なら即座に散らされていた距離に、他のデーモンが踏み込んでくるようになったのだ。
最初に現れたのは、下位から中位にかけてのデーモンだった。
彼らは獲物を見るような露骨な敵意ではなく、純粋な好奇心を向けてくる。
「なぜ、壊れない?」
問いは、言葉というより精神の波として投げかけられた。魔界では、会話は常に干渉を伴う。意図のない接触はなく、興味ですら一種の攻撃になり得る。
彼は答えなかった。
答える必要がないと判断したからではない。答えようとすると、それ自体が主張になり、干渉になり、戦いの前提を生むと理解していたからだ。
沈黙。
それが、彼の最初の“返答”だった。
沈黙は、魔界では異様な行為だった。通常、力を誇示するか、服従を示すか、そのどちらかでなければ関係は成立しない。
だが彼は、どちらもしなかった。
その結果、接触してきたデーモンは困惑し、やがて距離を取った。
次に現れたのは、より上位の存在だった。
彼らは直接的だった。
「試させろ」
その一言とともに、濃密な敵意が空間を満たす。通常であれば、それだけで下位存在は崩壊する。
しかし、何も起こらなかった。
攻撃は発動しなかったのではない。発動しようとした“前提”が、空間から消えていた。
魔力が集束し、術式が組まれ、放たれる――その流れの途中で、成立条件そのものが失われる。
上位デーモンは戸惑う。
もう一度、今度はより強い意志で干渉する。
結果は同じだった。
何度繰り返しても、結果だけが起きない。
沈黙のまま漂う彼を前に、上位デーモンは理解する。
――こいつは、倒せない。
だが同時に、こうも判断された。
――こいつは、完成していない。
魔界における“完成”とは、支配する力を持つこと、あるいは破壊によって序列を刻むことを意味する。
彼は、そのどちらも拒絶していた。
「戦わないデーモンなど、未完成だ」
その評価は、やがて魔界全体に広がっていく。
彼は異端と呼ばれた。
分類不能。 進化停滞。 観測対象。
どの階級にも属さず、どの王にも従わない存在。
だが、奇妙なことに――
彼を排除しようとする動きは、どこからも起こらなかった。
理由は単純だった。
排除する手段が、存在しなかったからだ。
誰かが彼を討とうとすれば、その瞬間に空間が閉じる。敵意を向けた時点で、行為が成立しない。
結果として、彼は“触れてはいけない存在”として扱われるようになる。
恐怖でも、畏怖でもない。 ただ、理解不能であるがゆえの距離。
交流は、最小限に留まった。
知識を求める者が現れれば、彼は必要な分だけを共有した。だが、自身の力の核心については、一切語らなかった。
語ること自体が、固定化を生み、概念を与えてしまうと理解していたからだ。
こうして彼は、魔界において奇妙な立場を確立していく。
敵ではない。 味方でもない。 支配者でも、被支配者でもない。
ただ、そこに在り続ける存在。
それが後に、“序列外”と呼ばれる概念の原型となることを、この時点で知る者はいなかった。




