第3話百年目の理解
百年という時間は、彼にとって区切りではなかった。
ただ、ある瞬間を境に、世界の見え方が決定的に変わった。
それは特別な出来事が起きたからではない。戦闘も、邂逅も、奇跡的な覚醒もなかった。ただ、いつも通り魔界の魔力の流れを観測していた、その最中だった。
彼はふと、違和感を覚えた。
――魔法は、誰かが使っているものではない。
上位デーモンたちは魔法を放つ。空間を裂き、精神を侵し、存在そのものを焼き尽くす。それを彼は「力の行使」だと捉えていた。
だが、観測を続けるうちに気づく。
彼らは魔法を“使っている”のではない。 魔法が“成立する精神構造”を、常に保っているだけなのだと。
怒りは破壊を成立させる。 支配欲は束縛を成立させる。 恐怖は侵食を成立させる。
魔法とは行為ではなく、状態だった。
その理解に至った瞬間、彼の中で長年分断されていた記憶が一つにつながる。
人間だった頃、彼は衝突を避け続けていた。怒りを抑え、対立を拒み、争いの前提に立たない生き方を選んできた。
それは弱さではなく、精神の在り方だった。
もし魔法が精神構造そのものなら――
彼は、破壊を成立させない精神を持っているのではないか。
試す必要があった。
彼は初めて、意図的に魔力へ干渉した。攻撃しようとしたわけではない。ただ、「通さない」と決めただけだった。
すると、その領域では魔力の流れが不自然に途切れた。
魔力は弾かれたのではない。打ち消されたのでもない。そもそも、魔法として成立しなかった。
彼は理解する。
これは防御ではない。 拒絶でもない。
“前提条件の否定”だ。
魔法が成立するための精神的・空間的条件を、最初から許可しない。
それは、魔界のどの体系にも属さない干渉だった。
彼は繰り返し検証を行った。
範囲を限定する。 拒否の強度を変える。 持続時間を調整する。
結果は一貫していた。
敵意を向けた魔力は、成立しない。 戦意を含んだ干渉は、空間に定着できない。
そして、最も重要な事実。
彼自身が攻撃しようとした場合、この干渉は成立しなかった。
つまり、この力は「戦わない」という精神構造と不可分だった。
彼は悟る。
自分は、戦えないのではない。 戦わない存在として、完成しつつあるのだと。
この理解を境に、彼は散らされることがほとんどなくなった。
上位デーモンが近づいても、無意識のうちに空間が閉じる。敵意を向けられた瞬間、その成立条件が失われる。
誰かが意識的に攻撃しているのに、結果だけが起きない。
それは魔界において、説明不能な現象だった。
百年目。
彼は初めて、自分が“生き延びている”のではなく、“在り続けている”存在になったことを自覚した。




