第2話 弱者としての始まりと孤独な数十年
魔界において、弱さは罪に等しい。
彼は生まれた瞬間から、それを思い知らされることになった。
漂うだけで精一杯だった彼の精神体は、周囲を徘徊する上位デーモンたちにとって、あまりにも脆弱だった。悪意を向けられるまでもない。ただ近づかれただけで、精神構造が軋み、魔力の奔流に引き裂かれる。
最初に“散らされた”とき、彼はそれを死だと認識した。
突如として意識が霧散し、自我がばらばらにほどけていく。恐怖すら感じる暇はなかった。ただ、理解するより先に存在が壊れた。
次に意識を取り戻したのは、どれほどの時間が経ってからだったのか分からない。数年か、十数年か。時間という概念が曖昧な魔界では、それを測る術がなかった。
ただ、再び“在る”と気づいたとき、彼は悟る。
――死んでいない。
完全に消滅したわけではない。精神生命体である彼は、散らされても、時間をかけて再構築される存在だった。
だが、それは救いではなかった。
再構築されるたびに、彼は同じ結末を迎える。逃げる間もなく、気づけば上位存在の余波に巻き込まれ、また散らされる。
それは、抵抗も選択も許されない循環だった。
何度目かの再生の後、彼はようやく学ぶ。
動くな。 近づくな。 存在を主張するな。
生き延びるために必要なのは、力ではなく“見つからないこと”だった。
彼は魔力の流れを読み、危険な領域を避けるようになる。上位デーモンの思考の癖、魔力の濃淡、空間の歪み。それらを観測し、ただ静かに漂う。
戦うという発想は、最初からなかった。
人間だった頃の価値観が、ここでも彼を縛っていたのではない。単純に、戦えば確実に壊れると理解していたからだ。
孤独は、避けられなかった。
会話という概念は存在せず、接触は即ち捕食か試練を意味する。誰かと関わることは、危険そのものだった。
それでも、彼は観測をやめなかった。
破壊されるたびに、ほんの僅かずつ理解が積み重なっていく。なぜ散らされたのか。どこに近づきすぎたのか。何が引き金になったのか。
それらを反省し、次の再構築時に修正する。
その繰り返しの中で、彼は一つの確信に至る。
――戦わなければ、生き続けられる。
それは理想でも、逃避でもなかった。魔界という環境における、最も現実的な解だった。
数十年。
人間であれば一生に等しい時間を、彼はただ“壊されながら学ぶ”ことに費やした。
やがて、散らされる頻度は減っていく。
上位存在の魔力が近づいても、即座に察知し、距離を取れるようになった。精神構造もわずかに強度を増し、致命的な干渉を受けにくくなっていく。
だが、それでも彼は弱者だった。
戦えば負ける。 だが、戦わなければ、存在し続けられる。
その事実を胸に刻みながら、彼は静かに時を重ねていった。




